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<書評>ボートの三人男 もちろん犬も

ジェローム・K・ジェローム著

多彩な語りの交錯 丁寧に翻訳
評 中村邦生(作家)

 心身の不調をかこつ3人のイギリス紳士が憂さ晴らしのために、1匹の犬も同伴して、テムズ川を手漕(こ)ぎボートでさかのぼる旅に出かける。男たちのぎくしゃくした滑稽なやりとり(犬も参加)や、珍妙な事件が続くなか、旅は進んでいく。

 『ボートの三人男』はイギリス・ユーモア小説の名作(原著の刊行は1889年)として知られ、日本では丸谷才一の達意な文体による翻訳(中公文庫)が長く読み継がれてきた。私が最初に楽しんだ翻訳は、浦瀬白雨訳による1941年刊の岩波文庫の旧版だが、美文調の風景描写など今でもなかなか味わい深いものがある(「あとがき」は訳者のジェローム訪問記を含む)。

 この小説は多彩な語り《「騙(かた)り」とも重なる》の交錯が魅力の一つと言える。犬のモンモラシーが沸騰したケトルに決闘を挑んだり、ジャガイモの皮むきに悪戦苦闘し、ついには豆粒ほどの大きさになってしまうといったスラップスティック・コメデイ(どたばた喜劇)を主調としながら、途上で立ち寄る村や町の名所・旧跡をめぐる歴史的な回顧に及んだり、優雅な叙景をはさんだり、人生への静かな感懐も加えたり、変化に富んだ語りの展開がある。

 この新訳の意義は、そうしたいわば転調の多い楽想の面白さにも通じる表現を丁寧に追跡しつつ、イメージしやすい翻訳文を工夫していることであろう。擬人法の表現などその一例だ。無生物が豊かな表情を帯び、読みながら大いに笑いを誘われる。ボートの帆を上下逆さまに張って転覆の危険が迫ると、「どうも帆のやつ、ぼくらが葬式ごっこをしているのだろうと思い込み、僕が死体で自分は経帷子(きょうかたびら)だと考えたようだ」。ところが勘違いと知ると「帆はへそを曲げて僕を帆桁で張り倒し、いっさい協力しようとしなくなった」とか。訳注も、本文に現れた宿やパブの何軒かに「2017年現在も営業中」と付され、にわかに旅への思いが誘い出された。(小山太一訳/光文社古典新訳文庫 950円)

<略歴>
1859~1927年。英国の作家

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