PR
PR

<書評>日の出

佐川光晴著

100年隔てた若者2人の物語
評 斎藤美奈子(文芸評論家)

 佐川光晴は、もったいぶらない。『日の出』の書きだしも単刀直入だ。〈「徴兵逃れ」・馬橋清作の頭のなかは、その四文字で占められていた〉

 時は明治40年代。清作は石川県小松市の中学生だ。13歳にして徴兵逃れを決意したのは、日露戦争の前線で負傷して故郷に戻ってきた父の悲惨な最期を目にしたからだった。〈父には悪いが、あんなふうになって死ぬのは絶対にいやだ〉

 徴兵逃れは一生逃亡生活を続けることを意味する。そんな道を選んで大丈夫か、清作!

 『日の出』にはもう1人の主人公がいる。馬橋清作のひ孫にあたる「わたし」ことあさひである。曽祖父のことは名前以外に何も知らない。あさひは中学校の社会科教師をめざして勉強中である。志望の動機は中学生のときの転入生だった。〈わたしは崔です。日本で生まれて、日本で育ちましたが、両親は韓国籍です〉。そう自己紹介した少女に、担任教師と生徒がひどい言葉を投げつけたのだ。

 〈中学校の教師になってみせる〉とあさひは誓った。〈崔さんのような子も笑顔で学校生活を送れるようにしたい〉

 こうして、100年以上のときを隔てた2人の若者の物語が動きだすのである。

 故郷を出奔した清作は、鍛冶職人としての腕を磨き、やがて筑豊炭鉱で出会った朝鮮人女性と川崎の朝鮮人町に移って所帯を持つ。一方、念願かなって教師になったあさひは、韓国から来た生徒もいる教室で、竹島や尖閣諸島を含む領土問題を教える局面に立たされる。

 近代史を知らず、知らぬがゆえに嫌韓感情に流されがちな世代に向けて、日本と朝鮮半島の植民地支配を含む複雑な関係を伝える意欲的な試み。NHK「ファミリーヒストリー」を思わせる構成は若い読者にも届くだろう。

 もっとも、清作とあさひの物語はまだスタートしたばかりである。もしかして本書は、長い長い物語の序章? 2人の主人公がどこでどうシンクロするのか。先が読みたいっ!(集英社 1728円)

<略歴>
さがわ・みつはる 1965年生まれ。作家。北大卒。著書に「おれのおばさん」「おれたちの青空」など

どうしん電子版のご案内
北海道新聞 購読の申し込みはこちらから
新聞配達スタッフ募集
ページの先頭へ戻る