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きょう憲法記念日 いま改める必然性はない

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 日本国憲法が施行されてきょうで71年を迎えた。

 平和で民主的な道を歩む戦後日本の骨格となってきた事実を、あらためて胸に刻みたい。

 安倍晋三首相は相変わらず憲法の条文変更に前のめりだ。おととい開かれた超党派の会合に「いよいよ憲法改正に取り組むときが来た」とメッセージを寄せた。

 自民党は首相の意向に沿って4項目の改憲案をまとめた。焦点である憲法への自衛隊の存在明記について、最終結論に至らなかったにもかかわらずである。先を急ぐ姿勢に違和感を禁じ得ない。

 優先すべき政治課題は山ほどある。改憲議論には政治への信頼が不可欠なのに、首相の周囲からは疑惑が噴出しているのが現実だ。

 いま憲法を変える必然性は見当たらない。これまでの拙速な進め方を見直し、地に足の着いた議論へと立て直すべきである。

■権力を縛るのが基本

 憲法論議が深まらない一つの要因は首相の特異な憲法観にある。

 憲法は国家権力を縛るものとする立憲主義について「王権が絶対権力を持っていた時代の主流的考え方」と述べた。そして「憲法は国のかたちや理想と未来を示すものだ」と主張する。

 だが、憲法はいまでも国民が国家権力を制御するためにある。

 日本国憲法は裁判所に「違憲審査権」を認めている。戦後、最高裁による違憲判決はすべて法令の内容や適用が問われた。

 法律は国が国民に課すルールだが、憲法は逆だ。法律を通じた国の統治行為を監視し、あるべき方向に導くためにある。

 理想や未来を語る条文を加えるなとは言わない。ただ、それはあくまで権力を抑制する憲法の目的に沿う変更でなくてはならない。

 憲法への自衛隊明記は首相の理想なのだろう。だが、国論を二分するような理想を押し通せば、権力者が国民に特定の価値を強いる結果となる。

 「自民党総裁」の立場を強調したところで、国家権力を行使する立場にある首相が改憲を主導するのは、99条の憲法尊重・擁護義務に照らしても疑問だ。

 首相の改憲論は立憲主義にそぐわない。
強引さ目立つ自民党

 改憲の議論を強引に加速させているのは自民党である。

 憲法改正推進本部の改憲案は、戦力不保持と交戦権の否認を定める現行の9条2項を維持しつつ、「自衛隊を保持する」と明記する意見が党内の大勢と位置づけた。

 自衛隊を「自衛のための必要最小限度の実力組織」としてきた政府見解から「最小限度」を外し、「必要な自衛の措置」を認めるという。これは国に対する憲法の縛りを緩め、立憲主義に逆行する。

 党内には9条2項を削除すべきだとの意見も根強いが、平和主義を毀損(きそん)する。認められない。

 大規模災害時に政府に強い権限を認める緊急事態条項も、国民の権利を制約する役割を持つことになる。

 教育の充実と参院選の「合区」解消は、教育基本法や公職選挙法の範囲で実現できる。政治の力不足を憲法に責任転嫁し、改憲の口実にしようとしているようにしか見えない。

 推進本部の細田博之本部長は「70年以上前につくった憲法の条文が、今そのまま適用されて通るはずがない」と訴える。古くなったから時代に合わせてどんどん変えればいいと言わんばかりだ。

 「なぜ、いま必要なのか」という点で、自民党の改憲論議は論理性を欠く。

■優先課題は疑惑解明

 そもそも安倍政権には、憲法を重んじる姿勢が希薄だ。

 2年前に施行された安全保障関連法は、歴代政権が堅持した集団的自衛権行使を禁じる憲法解釈を一内閣の判断で覆した。違憲だとの批判はいまもやまない。

 学校法人「森友学園」の問題では、財務省が決裁文書を改ざんしていたことが判明した。

 主権者である国民が行政を監視する上で欠かせないのが公文書だ。それを都合良く書き換えることは、憲法が保障する国民の知る権利を損なう。

 陸上自衛隊では海外派遣時の日報隠蔽(いんぺい)が明らかになった。幹部自衛官が国会議員に暴言を浴びせる「事件」もあった。

 憲法66条は首相及び閣僚が文民でなければならないと定め、政治が自衛隊を統制する仕組みができている。この「文民統制」が安倍政権において緩んでいないか。

 改憲を語る前に、いまある憲法が正しく扱われているか、検証するのが先である。

 憲法を軽んじる勢力が新しい憲法をつくり、それを尊重せよと訴えても、国民の間に信頼が広がるとは考えられない。

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