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母を感じる山菜の春

母を感じる山菜の春

 フキの切り口に包丁の刃先を引っかけるようにして端をつまみ手前に引く。ス~っと筋がとれ、みずみずしい柔肌に透き通るような若草色を見る時、指先に母がいると感じる。母が逝って三度目の春。また、山菜の季節がやってくる。

 「採るだけ採って、後始末は全部わたしなんだから」。たくさんのフキがリュックや米袋にぎっしりと。早朝から裏山で山菜採りを楽しんだ後、意気揚々と出勤する父の背に母はいつもため息まじりの小言をいった。渋々と始める下ごしらえ。大鍋に湯が沸き、まな板でゴロゴロと塩擦りされたフキが投入される。ゆで上がり、水にさらされた一部は樽などに塩漬けにしたのだろうか。1970年代の中ごろ。すでに小学校高学年だったというのに記憶は断片的。食卓には季節が変わってもフキの煮付けが並んでいたから、しっかりと保存用の下準備もされたのだろう。しゅ~しゅ~っと皮をむくリズミカルな音が聞こえる。興に乗ってきた母はどこか得意げだった。

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