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イラク日報公表 活動の検証を徹底せよ

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 防衛省はきのう、2004~06年にイラクに派遣された陸上自衛隊部隊の日報を公表した。

 「戦闘」の表現が複数あり、宿営地が置かれた南部サマワの治安情勢について「戦闘が拡大」と悪化を伝える記述も確認された。

 自衛隊の活動場所は「非戦闘地域」に限定され、憲法違反に当たらない―。当時、政府が行っていた説明が揺らぐ内容だ。

 北部方面隊を主力とする部隊を皮切りとしたイラク派遣は自衛隊初の「戦地」派遣と言われ、日本の安全保障政策の転換点だった。当時の論争は集団的自衛権の行使を認めた安保法制にも連なる。

 結局、活動は政府にとって「不都合な真実」だった。防衛省はこう認識していたからこそ日報の存在を長い間伏せていたのではないか。そう疑わざるを得ない。

 南スーダンの国連平和維持活動(PKO)に派遣された陸自の日報にも「戦闘」とあったが、防衛省は当初「廃棄した」と説明していた。隠蔽(いんぺい)体質は10年以上も続いていたことになる。

 今からでも遅くない。国会はイラク日報の内容を徹底検証し、派遣の妥当性を問うべきだ。

 陸自の危険な状況は15年に全文が公開された「イラク復興支援活動行動史」で分かっていた。

 迫撃砲やロケット弾による宿営地の攻撃が10回を超え、派遣部隊の責任者は「純然たる軍事作戦」と指摘していた。

 ただ、日々の活動を記録する日報に「戦闘」の2文字があった意味は小さくない。

 「戦闘地域」と「非戦闘地域」を線引きできるかどうかは国会で最大の焦点だった。「私に聞かれても分かるはずがない」と言った当時の小泉純一郎首相の答弁は曖昧さを事実上認めたものだった。

 派遣部隊の幹部がこうした問題点を認識していなかったはずはなかろう。それでも現場は、政府見解と矛盾する「戦闘」と記さざるを得なかった。

 安保法制では、海外での自衛隊の活動区域を「非戦闘地域」から「現に戦闘行為を行っている現場以外」へと広げた。

 非戦闘地域という概念が空疎だったと認めたからではないか。線引きが曖昧なまま隊員が戦闘に巻き込まれる可能性は、既にイラクで確実に高まっていた。

 安保法の国会審議の前にイラク日報が公開されていれば、現場の貴重な教訓を基に危険性の議論が深まったかもしれない。「日報隠し」の責任は極めて重い。

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