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<5>20条 「精神的自由」守る柱

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【第20条】信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
《2》何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
《3》国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。


 憲法20条は信教の自由を定めている。だれもが信仰を妨げられることなく、他人の権利や社会に具体的な害を及ぼさない限り、信仰に基づく行動を国は制限できないとされる。19条の思想・信条の自由や、21条の表現の自由などと並び、「精神的自由」を保障、民主主義の根幹を支える条文だ。

 人の心の中は、国家権力が踏み込むことができない領域だとして、信教の自由を含む精神的自由は経済的自由と比べ、手厚く保障されるとするのが通説となっている。

 20条では戦前・戦中の反省を踏まえ、宗教的活動に国が関わることを禁じる「政教分離」の原則も定めている。大日本帝国憲法下では、神道が国教的な地位を与えられ、他の宗教は弾圧された。軍の神社とされた靖国神社は、戦死した軍人らを「英霊」として合祀(ごうし)、国家神道の精神的支柱となった。

 政教分離をめぐって長年問題となってきたのが、首相の靖国神社参拝。国政の最高責任者の参拝は、靖国神社の宗教活動を援助する効果をもたらすとの見方からだ。

 1980年の鈴木内閣の政府統一見解では、公式参拝について「違憲とも合憲とも断定していないが(中略)違憲ではないかとの疑いをなお否定できない」ため、差し控えるとしていた。

 中曽根内閣は85年の公式参拝の際、官房長官談話でこれを変更。二礼二拍手一礼という神道の参拝方式ではなく、戦没者追悼を目的に本殿などで一礼する方式であれば公式参拝でも問題ないとした。

 安倍政権も「私人としてなら問題ない。公式参拝も戦没者追悼の目的なら政教分離に反しない」とする。昨年12月に参拝した安倍晋三首相も、同様の説明を繰り返している。

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