PR
PR

96条でどんな改正でもできる? 基本原理変えぬ「限界説」通例

[PR]

 Q 24日の衆院憲法審査(しゅういんけんぽうしんさ)会では「憲法改正の限界」も議論になったね。憲法96条(じょう)で定めた改正手続きに従(したが)えば、どんな条文も変えられるの?

 A そもそも96条には「この条文やこの考えを変えたらだめ」という規定(きてい)はないよ。だけど、学者などの間では「憲法の基本(きほん)的な原理を大きく変えるような改正はできない」として、「憲法改正には限界(げんかい)がある」との立場を取る「限界説」の考えが一般的だ。

 Q なぜ「限界」があると考えるのかな。

 A 憲法前文に「日本国民は(略(りゃく))ここに主権(しゅけん)が国民に存(そん)することを宣言(せんげん)し、この憲法を確定(かくてい)する」とあるでしょう。つまり、日本国憲法は主権者である国民がつくった(制定(せいてい)した)ものだ。言い換(か)えれば、憲法を制定する権力(制定権)を持っているのは国民ということになる。一方で憲法を改正する権力(改正権)は、96条に書き込まれたことで初めて生まれる力だから、制定権者の権力を否定(ひてい)するような改正、つまり国民主権を否定するような改正はできない、という考え方だよ。ほとんどの国の憲法は、憲法改正の発議権や議決権を議会に与(あた)えているけど、これも議会自体が憲法を根拠(こんきょ)に存在(そんざい)している以上、その議会が自らの存在の基礎(きそ)となっている憲法を捨て去るような憲法の「全面改正」や重要な基本原理を根本から変える「改正」を発議することはできないという意見もあるよ。

 Q 改正できない「重要な基本原理」って具体的には何かな。

 A 憲法の三大原則(げんそく)である「基本的人権の尊重(そんちょう)、国民主権、平和主義」を挙げる専門家が多い。一方で、基本的人権の尊重だけだとする人もいるよ。基本的人権の中でも、社会を生きていく上で人間が人間らしく生きるための権利である「社会権」(生存権や教育権など)を含(ふく)めるかどうか、は意見が割れているね。

 Q 憲法改正に「限界はない」という人もいるの?

 A いる。96条の規定と憲法の条文に価値(かち)の違(ちが)いはないのだから、手続きに従えば、どんな規定も変えられるという立場だね。そもそも日本国憲法は1946年、それまでの大日本帝国(ていこく)憲法を改正してつくられたものだ。「天皇主権」を基本とする大日本帝国憲法と、「国民主権」を基本とする日本国憲法の考え方とは全く違(ちが)う。いわば「基本原理が根本から変えられた」とも言える。だから「改正に限界があるとすれば、日本国憲法が大日本帝国憲法の基本原理を根本的に変えてできたことについて、説明がつかないじゃないか」と限界説を批判(ひはん)する学者もいるよ。

 Q 各政党(せいとう)は憲法改正の限界について、どう考えているのかな。

 A 24日の衆院憲法審査会での議論をみると、自民党や民進党、公明党などは「憲法の基本原則を変えることは改正の限界を超(こ)える」とし、基本原則として、基本的人権の尊重と国民主権、平和主義(しゅぎ)を挙げているよ。ただ、どの程度(ていど)変更(へんこう)することが「基本原則を変える」ことになるのか、その点については各党の考えはまだよく見えてこない。(森貴子)

どうしん電子版のご案内
北海道新聞 購読の申し込みはこちらから
新聞配達スタッフ募集
ページの先頭へ戻る