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国の崩壊

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 森友学園に対する国有地の不当な値引きによる払い下げについて、財務省内で公文書の改ざんがあったことが明らかになった。目下、財務省が経緯の調査を進めていると言うが、事実は明らかにできるのだろうか。

 確定した公文書を公務員が後から書き直すことは、受験生がいったん提出した答案の間違いを消しゴムで消すとか、外れ馬券を買った人が後から番号を勝ち馬のものに書き直すのと同じくらいめちゃくちゃなことである。こんなことが罷り通るなら、国の秩序は崩壊する。

 安倍晋三政権は、財務省理財局の犯罪というストーリーで事態を説明し通そうとしている。しかし、それは論理的にありえない。この値引きが違法なものであるという認識は財務省関係者に存在した。だからこそ、改ざん前の文書では、森友学園の特殊性、政権トップとの強い結びつきを事細かく書き残していた。公務員が自ら進んで違法行為に手を染めることはあり得ない。この値引きは政治の強い圧力が働いた結果であり、自分たちには責任がないというリスク回避こそが、政治的背景を詳細に記録した理由だと、私は考える。

 この事件の真相を明らかにしないまま政権が続くなら、日本は近代的な文明国から前近代的な野蛮国に転落する。それほど大きな危機なのである。文明と野蛮の違いはどこにあるのか。野蛮な国では、為政者、権力者は自分の好きなように権力を使い、私的な目的を追求する。気に入らない政敵を投獄したり、人民に無断で重税を課したりするのが野蛮国の為政者である。文明国では、権力者といえども国を統治するにあたってはルールを守らなければならない。権力者がルールを守ることによって国民の権利が守られる。

 ドイツの社会科学者、マックス・ウェーバーは近代行政の最も重要な特徴の1つに、文書による行政をあげている。ルールに基づいて政府が仕事をするに際して、政府の仕事の根拠はどのような法令であり、誰がいかにして意思決定を行ったのか、すべて文書に残すことは近代国家の大原則である。文書を後で都合の良いように書き換えることは、行政権力がいくらでもルールを無視できるということを意味する。

 安倍晋三首相は、今年が明治維新から150年の記念すべき年だと強調している。そう、明治維新によって日本は野蛮なサムライ支配の国から、憲法、法律に基づいて政府が仕事をする近代国家に進化を遂げたはずである。長州出身の伊藤博文をはじめとする明治憲法の起草者たちは、西洋近代国家から対等に扱ってもらうために、政府権力の在り方に関するルールを必死で作ったのである。明治憲法にはいろいろな限界があったが、政府権力が遵守すべきルールを作りたいという先人の思いは今日でも引き継ぐべきである。長州の後輩、安倍首相はこの思いを投げ捨てようとしているのではないか。

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