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留萌の茶道家元 蓼沼紫英の功績 子供向け冊子に 市教委発行 地域文化けん引、「少女のあこがれ」

 【留萌】茶道の流派「大和遠州流」(本部・札幌)の18代家元で、留萌から道内外に茶道を広め、市文化賞第1号受賞者となった故蓼沼紫英(たでぬましえい)(本名ナヲ、1871~1961年)を紹介する子供向け冊子を市教委が発行した。ニシン漁最盛期で、女性が表舞台に出ることが少なかった明治から大正期の留萌で、茶道を通じて文化の芽を根付かせた紫英の功績をたどっている。

 市教委が2016年度から取り組む「留萌百年物語事業」の一環で、留萌港建設に尽力した昨年3月の「五十嵐億太郎物語」に続く第2弾。

 紫英は山形県生まれ。油絵の勉強を始めようと移り住んだ栃木県佐野市で、大和遠州流の17代目家元の加藤一照に出会い、茶道の指導を受けた。1910年(明治43年)、商売をしていた兄と弟がいる留萌に移住し、ニシン場の親方の子女らに茶道を教えた。

 留萌のほか、増毛や小平町鬼鹿、羽幌まで教えに出向き、夜は茶道の研究にいそしむ毎日。睡眠時間は1日3時間程度だったという。紫英から直接指導を受けることは「自慢の種」になったとされ「そこ(紫英の家)から漂ってくる文化の香りに留萌の少女たちはあこがれました」と紹介されている。

 32年(昭和7年)に18代家元を継承してからは、留萌地方だけでなく、全道や全国に大和遠州流の茶道を広めた。

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