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<書評>林京子の文学

熊芳著

核と対峙した作家の本質
評 青来有一(作家、長崎原爆資料館長)

 2012年、著者は中国湖北省の師範大学在学中に文学者の黒古一夫氏と出会い、林京子の名を知ったという。中国で黒古氏の支援を受けながら研究を始め、日本の新潟大学に留学、さらに法政大学の川村湊氏の指導で研究を続けた。本書は同大学の博士論文に加筆修正したもので、林京子の研究者であり、理解者でもある黒古、川村両氏の先行研究を踏まえながら、丁寧に作品を読み解くことで作家の本質に迫っている。

 林京子は14歳のとき、長崎で被爆した。その経験にもとづいて多くの小説やエッセーを書き、「被爆の語り部」として知られる。ただ8月9日を漫然と語ったのではない。被爆から30年の時が過ぎて『祭りの場』を書いた作家は、被爆経験とはなにか、内省する長い時間を生きた。上海で過ごした幼い日々を小説に書いたのもただの思い出話ではなく、日本の大陸侵略が背景にあった上海での暮らしを書くことで、自らの被爆経験を相対化しようとする試みにほかならない。初めての核実験の地、アメリカニューメキシコ州アラモゴード近郊のトリニティ・サイトの訪問(『トリニティからトリニティへ』)で、核の最初の被害者が人間ではなく物言わぬ大地、砂漠のガラガラ蛇など小さないのちであったことを知り、核兵器を持った人間存在そのものの加害性を認識するのもその考えの深まりなら、フクシマの原発事故で放射線の脅威に直面して『再びルイへ。』を書き、人間への希望をそれでも語ったのもその延長にある。本書を読んでいると20世紀から21世紀にかけて「書く」ことで「核」の脅威に懸命に対峙(たいじ)した作家の姿が浮かんでくる。

 林京子から著者がもらった手紙の「私の本、読んでいただけて嬉(うれ)しい」という一文は若い世代への作家の素直なメッセージだろう。亡くなって一年、まっすぐな方だったとつくづく思う。人間の未来についてなにごとか考えようとするなら林京子の文学は必読の書となるはずだ。本書はその優れた手引きである。(インパクト出版会 3024円)

<略歴>
ション・ファン 中国出身。2014年に国費外国人留学生として来日。専攻は日本近現代文学、原爆文学

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