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生誕200年 武四郎の故郷・三重 エゾヤマザクラ満開願う

 幕末に蝦夷地(えぞち)を探検し「北海道の名付け親」とされる松浦武四郎(1818~88年)の故郷、三重県松阪市でエゾヤマザクラが大切に育てられている。約10年前に北海道から贈られた苗木を地元住民が手塩にかけ、エゾヤマザクラ(オオヤマザクラ)の平地分布の南限を越え開花するようになった。今年は北海道命名150年と武四郎生誕200年。「武四郎が愛したサクラが節目に満開になってほしい」と願う。

■10年前、道内から苗木南限越え近年開花

 今冬一番の寒波が来た1月下旬、温暖な松阪市にも雪が舞い、県内各地で気温は氷点下を記録した。「松浦武四郎記念館」周辺に植えられた13本のエゾヤマザクラの前で、記念館の支援団体「友の会」の飯田秀(まさる)会長(76)と会員の出口孝次さん(61)が「こんなに寒い冬は珍しい」とうれしそうに話した。「このサクラは冬の寒さがないと花が咲かないと聞きます。節目の年に寒くなって喜ばしい」

 2007年、当時の館長が武四郎ゆかりのエゾヤマザクラを育てようと、各地に苗を贈る「北海道千本桜運動」に応募し5本贈られた。10年までにさらに友の会に計30本が贈呈された。

 ただ、エゾヤマザクラは平地の南限が北関東や北陸とされているため、記念館や友の会では苗木を山地に1年ほど仮植えした。さらに、記念館周辺に植え替える際に土中の石を取り除き、山の土や肥料も加え、2カ月間は毎日、水をあげた。それでも枯れる木もあったが、あきらめず下草刈りを続け、添え木もして台風から守った。そのかいあって残った13本は最高で4メートルほどまで成長し、11年から2本が1、2分ほどの花を咲かせるようになった。

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