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監督と翔平の「師弟愛」<長谷川 裕詞>

 年末年始、ファイターズ関連のテレビ番組をチェックしましたが、栗山英樹監督と大谷翔平選手を取り上げる局が多かったように思います。良い機会なので2人の「師弟愛」について触れてみたいと思います。

 二刀流プランを提示し、大谷選手の入団が決まった時、栗山監督は「『良かった』と思ったのは0・5秒だけ。すぐに『絶対に何とかしなきゃいけない』と考え、本当に怖かった」と語っています。

 周りは好き勝手なことを言っていましたが、「(翔平は)野球界の宝。自分が辞めるくらいでは責任取れない」と、当時を回想しています。少し成績が振るわないと「やっぱり二刀流は難しい」。けがをしようものなら、監督の責任問題につながります。でも、専門家にさえ不可能といわれたことに対し、栗山監督の判断は最後までブレず、チャレンジした大谷選手はいつも輝いていました。確かに並外れた運動能力を持っていましたが、それだけではありません。

 「あれだけ才能をもった選手なのに、あれだけ努力する人間を初めて見た」

 5年間での大谷選手の成長を聞かれ、「彼の野球に対する姿勢、考え方、生き方が素晴らしいと思っている。それは変わらなかった。お父さん、お母さんから受けた教育。高校時代に佐々木(洋)監督から受けた指導などを忘れずに持ち続けたのがすごかったのかな」としみじみと振り返っています。

 栗山監督が大谷選手を褒めたことは数回記憶にありますが、ほとんどは厳しいコメントばかりでした。一方、大谷選手が年末の公開記者会見で紹介したのですが、監督室では「体大丈夫か?」と、気遣っていたと言います。

 アメリカに行っても「LINE(ライン)見て、イラッとすることでも言ってあげないと。それが僕の使命だと思っている」と語りましたが、そうしたやりとりを見ていると、本物の師弟愛を感じてしまいます。

 栗山監督が話す「本当に片思いなので、翔平がどう思っているかはどうでもいい」という言葉には愛情があります。先日お亡くなりになった闘将・星野仙一さんと同じものを感じてしまいます。

 見返りを求めない。嫌われても良い。選手が成長してくれればそれで良い…。

 栗山監督(指導する側)と大谷選手(その厳しさを受けとめる側)の関係を見つめることで、人が育つということの“極意”が分かります。大谷選手がアメリカに渡った後の師弟愛も見守っていきたいですね。(私設応援組織「日本ハムファイターズ応援作戦会議」代表)

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