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<岡和田晃> 挑戦と次の一歩 内なる植民地主義を克服するために

 本連載も、この33回目で大団円を迎える。後半では、ルポルタージュ文学、アイルランド文学や地名の翻訳、近代「北海道文学」の出発点とも言える札幌農学校ゆかりの文学、さらにはアイヌ口承文学研究や、樺太アイヌ・ウイルタ・ニヴフといった北方先住民族の文学をも扱い、視野を広げようと試みた。また、富良野塾など演劇と文学の関わりにも触れることができた。

 だが、北海道文学が抱える弱点にも気付かされた。それは、固有の土地に結びついた文学であるがゆえ、ゆかりのない者に対しては本質的に訴えるものがない、とみなされてしまうこと。このジレンマを克服するため、風土性を「惑星思考(プラネタリティ)」と呼ぶにふさわしい普遍的なスケールで読み替えるのが、本連載の挑戦であった。

 まず近現代の日本がもたらした政治や文学の枠組みが存在し、北海道は昔も今もその「植民地」から脱しえていない。高度資本主義と結びついたサブカルチャーの席捲(せっけん)が、事態に拍車をかけている。アイヌ民族などマイノリティに対するヘイトスピーチ(差別煽動(せんどう)表現)が世に溢(あふ)れているのは、植民地主義が内面化されてしまったことによる、歪(ゆが)みのあらわれではないか。

 連載を総括すれば、この「内なる植民地」を相対化するために必要な、「語り(ナラティヴ)」の創造こそが「惑星思考」の前提として求められている。これを考えるヒントとなるのが、ノーベル賞作家・大江健三郎(1935年~)の『青年の汚名』(60年)だ。北海道文学でもめったに舞台とならない、礼文島(作中では荒若島)やその近辺を、独自のスケールでの神話的空間として提示してみせた。けれども、語り口こそ実存主義的で巧みだが、大江は礼文島という「辺境」に暮らす人々を根本的に「他者」だと位置づけてしまっている。

 北海道文学の多くは、侵略者たるマジョリティの立場を疑わない。こうした姿勢に疑義を呈した書き手たちにこそ、現代の視点から光が当てられるべきだろう。直木賞候補になりながらも48歳で亡くなった三好文夫(1929~78年)の『人間同士に候えば』(79年)では、クナシリ・メナシの戦い(1789年)を鎮圧した「和人」による、北海道や千島のアイヌ民族に対する苛烈な虐殺の加害性が、現代を生きる個人を呪縛する模様が描かれた。本紙2016年2月23日夕刊で取り上げた外岡秀俊(1953年~)が、覆面作家時代に中原清一郎名義で著した『未(いま)だ王化に染(したが)はず』(86年)では、ミステリの技法を用いた複雑な物語構造を取り入れ、「蝦夷(えみし)」の痛みに共鳴し、空虚な中心を抱く日本古代史そのものへの大胆な反逆が模索されている。

 いわば、両者の問題意識を総合させたのが、戦後のアイヌ民族に対する教育向上運動のパイオニアでもあった向井豊昭(1933~2008年)の『怪道をゆく』(08年)。同作ではクナシリ・メナシの戦いのような武力行使のみならず、アイヌ語の剥奪といった言葉の領域でもなされた同化の暴力が深く問題視されている。カーナビの「語り」を借りて、ラテンアメリカ文学を彷彿(ほうふつ)させる魔術的リアリズムの技法を用い、「五・七・五」のような音韻に仮託された抒情(じょじょう)こそが同調圧力の正体だと、日本語の根底的な解体が企てられるのだ。

 アイヌ民族と「和人」の間だけではなく、「和人」同士のなかにも、ろくに顧みられないマイノリティがいる。国語教育に長年携わった工藤信彦(1930年~)は、『わが内なる樺太』(2008年)で、自分が生まれ育った植民地としての「樺太(文学)」が、戦後の日本史や文芸評論の文脈では黙殺されるか、「あったかも知れない、ありえたかも知れない」と幻のように不確かなものとして語られることへの違和感を表明し、そのことを詩にも歌った。中田敬二(1924年~)もまた樺太で生まれたが、そこからイタリアへ渡り、宙吊(ちゅうづ)りにされた感情を詩に表現し続けた。「これがとっておきの植民地の空だ/なにが見える?/凄惨な落日を慕って/凧とんでないか?」(「サハリン島」=詩集『埠頭(ふとう)』所収、68年)。

 「内なる植民地」への違和感から出発し、批評性へ高めて「惑星思考」の裏づけとすること。そこで初めて、北海道文学は次の一歩を踏み出せるだろう。

<おかわだ・あきら> 文芸評論家、ゲームライター、大学非常勤講師

=おわり=

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