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<書評>目くじら社会の人間関係

佐藤直樹著

世間の同調圧力 個を攻撃
評 五野井郁夫(高千穂大教授)

 いま政治家から大企業、そして個人までがみな恐れているものがある。それはメディアでバッシングされ、インターネット上などで炎上することだ。このバッシングとSNS上の炎上が選挙の勝敗から商品の売り上げまで、結果を左右してしまうこともしばしばあるのだ。

 このような誰もが目くじらをたてるような社会状況が出来上がっている一因を、著者である刑法学者の佐藤直樹は、日本に独特の「世間」が支配しているからだと説く。たとえ正しいことでも、「世間」のルールにそぐわなければバッシングを受け、SNSが炎上するのだという。

 「世間」のルールというのは、法律のように明文化されているわけでもないため、掴(つか)みどころがなく厄介だ。その時々で空気を読むしかないのである。

 この「世間」には「やさしい世間」と「きびしい世間」があると著者は説く。前近代の日本の世間とは「渡る世間に鬼はなし」的な「やさしい世間」だった。だが近代の訪れとともに「きびしい世間」が生成され、さらに新自由主義が日本でも猛威を振るい始めた1990年代末以降、「きびしい世間」のほうが凶暴化し暴走し始めたという。

 新自由主義が求めるのは強靱(きょうじん)な個人だ。新自由主義の隆盛に伴い人々がさらなる競争原理にさらされる中で息苦しく感じるようになり、ますます世間の同調圧力が強まったことで、世間が暴走し皆が目くじらをたてるようになったと著者はいう。さらに今日の日本では、誰しもがネットに容易にアクセスできるようになったことで、誰もがさらに目くじらを立てやすくなったことも、現在の「きびしい世間」を強化しているのである。

 では、どうすればこのきびしい目くじら社会を変えられるのだろうか。著者が提唱するのは「やさしい世間」の復権だ。同調圧力ではなく個人の多様性を認め活かすことなど、今すぐに日常生活で実践できることばかりだ。他者と社会に少しは優しくなれるかもしれない、そう思わせてくれる貴重な一冊である。(講談社+α新書 929円)

<略歴>
さとう・なおき 1951年、宮城県生まれ。九州工業大名誉教授。専門は世間学、刑事法学、現象学

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