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【シリア 帰れぬ祖国】6 輝くシリアの夏、もう戻れない

 日本人から最もよく受ける質問の一つに「あなたの国の気候は、どんな感じなの?」があります。シリアの気候について簡単に言うと「北海道より暑い」です。私はこの言葉をこれまで何度も言ってきました。2年前に初めて過ごした北海道の夏は、とても寒く感じました。シリアの夏は気温が40度近くまで上がります。北海道の方にはイメージしにくいかもしれません。北海道の気候に慣れてしまった私にも、今では想像できません。今回はシリアの夏についてお話します。

 私は今年の夏、とても幸せな時間を過ごしました。お祭りや花火にアイスクリーム。苫小牧の「とまこまい港まつり」では友人と盆踊りをしました。北海道の夏のイベントはどれも素晴らしいですね。でも、スイカには不満があります。何と高価なのでしょうか! さらに、シリア人が大好きな、アンズ、ブドウ、アーモンドや洋ナシも、日本ではかなり高価です。

 スイカを見ると、子供の時の記憶がよみがえります。私の父は、いつも5、6個のスイカをお土産に仕事から帰ってきました。父にはたくさんの子供(私は11人きょうだいです)がいたので、それぐらいの量が必要でした。また、スイカは(内戦前は)日本円で1キロ30円ほどと、とても安かったため、たくさん買うことが出来たのです。

 スイカは、シリアでは夏に最もよく食べられる果物です。いつも農家がトラックいっぱいにスイカを積んで、道沿いに売りに来ていました。「スイカ、スイカ、スイカ!」と叫び、人々を集めます。無くなると、またトラックをいっぱいにしてやって来ました。

 私の家の前には、2本の大きなブドウの木がありました。毎年、20~30キロの赤色や緑色のブドウがなり、私たちきょうだいはもぎ取って食べていました。家の庭には、洋ナシ、ビワ、アーモンドの木もありました。ずっと昔に父と母が植えたものです。洋ナシは実がならなかったのですが、ビワとアーモンドは実を付けたので、きょうだいで競い合うように食べたものです。

 家の周辺には果物畑がありました。近所の子供たちと一緒に「勉強してくる」と言って出かけ、4キロほど先にある桃とアンズの畑を目指します。畑の持ち主に食べて良いか聞くと、決まって「もちろん良いよ」と答えてくれるので、私たちはお腹いっぱいになるまで食べることが出来ました。

 シリアではどの家庭も、家族で夜の団らんを楽しんだ後、バルコニーや屋根にマットを敷いて横になります。星が輝く夜空を見ながら眠るのです。美しい夏の思い出です。

 早朝、暑い日差しを浴びて目覚めると「ラッキー」です。なぜでしょう?

 夏は農作物の収穫の季節です。私たちは機械を使わず、手作業で収穫します。シリアの夏の日差しは厳しく、晴れて太陽が出ている日は作物が乾燥してしまい、ちょっと触れただけで落ちてしまうので収穫できません。曇りなど湿気がある日は、夜明け前から収穫作業を手伝わなければなりません。つまり、晴れた日はずっと寝ていられるのです。収穫期は1、2カ月あり、その間、シリアでは学校は休みです。

 村で家族とともに過ごした夏は、素晴らしい思い出ばかりです。でも、その家に今は誰も住んでいません。うちは大家族でしたが、内戦の影響で、きょうだいはみんなシリア国外へと出てしまいました。我々のような家族はシリアにたくさんいます。

 今のシリアでは誰も夏を楽しめません。毎日、長時間の停電のために暑くても扇風機を使えません。バスが来るのを1時間も2時間も待たなくてはなりません。安らぎと幸せな季節のはずが、消耗と疲労の季節となってしまいました。

 昔の夏に戻りたい。そして、また家族みんなでバルコニーに集まり、スイカを食べ、笑い合える日が来ることを願っています。(原文は英語)

アスィー・アルガザリ 1992年、シリアの首都ダマスカス近郊のダルアーで生まれる。内戦が始まり、2014年1月に姉夫婦が住むサウジアラビアに、両親らと脱出。その後、インターネットの交流サイトで道内在住の女性と知り合い、結婚を決意する。15年に来日して結婚後、配偶者ビザを取得して道内で暮らし始めた。1年半で日本語を習得し、現在は札幌市内で妻と2人で暮らす。(どうしん電子版のオリジナル記事です。随時掲載します)

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