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窮鼠猫をかむ

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1941年(昭和16年)7月。日中戦争が泥沼化する中で、日本軍はフランス領インドシナに進駐する。中国の国民政府を支持する米国はこれに激高し、英国、オランダと共に日本への石油輸出を全面禁止し、在米日本資産を凍結した。歴史の教科書にも出てくる「ABCD包囲網」だ▼地下資源に乏しい日本は、石油のほとんどを米国からの輸入に頼っていた。それだけに、石油禁輸は死活問題だった▼経済制裁強化で追い詰められ、軍事衝突回避を狙った日米交渉も袋小路に陥り、同年12月、とうとう真珠湾攻撃に行き着く。核・ミサイル実験を繰り返し、国際的な孤立を深めるいまの北朝鮮が、そんな太平洋戦争開戦前夜の日本の姿とダブって仕方がない▼国連安保理は北朝鮮に対し、石油製品の供給や原油輸出に上限を設けることを盛り込んだ制裁決議を採択した。日米が目指した石油の全面禁輸は見送ったものの、制裁に慎重だったロシア、中国を含む全会一致の決議である。大きな圧力になろう▼気になるのは北朝鮮の反発だ。米国は独自の制裁拡大も辞さない構えだが、「窮鼠(きゅうそ)猫をかむ」のことわざもある。しかも、その窮鼠はミサイル発射や核実験を強行している▼軍事衝突を防ぐためにも国際社会は着実な経済制裁の実行とともに、圧力一辺倒ではなく対話の道筋を探る努力が求められる。76年前の日本の歴史もそう教えている。2017・9・13

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