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<齋藤一> 【柳瀬尚紀】「フィネガンズ・ウェイク」翻訳 地名通じ世界と結ぶ

 昨年惜しくも亡くなった柳瀬尚紀(1943年生まれ)は、ルイス・キャロルやロアルド・ダールなどによる著名な英語圏文学の翻訳者、そして数多いエッセイの著者として知られている。その代表作といえば、20世紀を代表する小説家の一人、アイルランド出身のジェイムズ・ジョイスの長編小説『フィネガンズ・ウェイク』(39年)の完訳であろう。アイルランドの伝承に世界各地の歴史や言語をミックスした、いわば「ジョイス語」による夢の文学。その日本語完訳は極めて難しいと考えられてきたため、柳瀬訳は発刊当時(91、93年)から大きな話題となり、議論の対象となってきた。

 この柳瀬訳を通読した人は多くはないだろう。私も例外ではなかった。ところがある日、現代詩の第一人者の一人、吉増剛造による「フィネガンズ―」単行本Ⅲ・Ⅳ巻の帯文(それ自体が詩である)の最後のフレーズ、「根室、ダブリンに」という言葉に目をとめたことが転機になった。作中には確かにアイルランドの首都ダブリンを舞台にしている箇所がある。しかし、なぜ「根室」なのか?

 この疑問をきっかけとして柳瀬訳を熟読したところ、この訳にはかなりの数の北海道の地名が盛り込まれていることに気がついた。興味のある方は拙論(「柳瀬尚紀訳『フィネガンズ・ウェイクⅠ~Ⅳ』のアイヌ語地名について」)を参照していただきたいが、例えば斜里、羅臼、根室は何度も出てくる。「そしてわしがえっちらおっちら夢(ゆめ)のなかをとろとろぶらぶらしていると、ありゃま、根室(ねむろ)ーっておっぴろがりな声(こえ)がしたと思(おも)ったら」(Ⅲ・Ⅳ巻、478ページ)という具合である。原文の翻訳にこれらの地名を使うことの是非はともかく、吉増と柳瀬は、ダブリンを根室に、アイルランドを北海道につなげているわけである。なお柳瀬は根室市の出身である。

 こうして北海道とアイルランドを関連づけて読むようになった私は、やがてアイルランドの著名な劇作家ブライアン・フリール(1929~2015年)の有名な劇、『トランスレーションズ』(80年初演)にであった(以下の記述と日本語訳は清水重夫=94年=による)。

 1830年代、イングランドによる植民地支配が進行するアイルランドを舞台とするこの劇のテーマの一つは、アイルランド語地名の英語への翻訳である。第2幕、村のヘッジ・スクール(アイルランド語で授業をしていた私設学校)の校長ヒューの次男オウエンは、イギリス軍のヨランド中尉とともに、村の地名の英訳に勤(いそ)しんでいる。「ブン・ナ・アウン」について、オウエンは「ブンっていうのはゲール語じゃ行きつく所という意味だ。そしてアウンは川という意味だよ。つまり川の入り口ということになる」「川が海に注ぐところにある、水浸しで岩だらけでいながら砂地のことだ……バーンフットだ!」と語る。なお「バーンフット」はBurnfoot、つまりburn(燃える)+foot(足)であり、元の地名の「川の入り口」という意味は失われているのだが、ヨランドは淡々とこの提案を認め、オウエンは「じゃバーンフットだ。(彼は地名簿に記入する)ブン・ナ・アウンはバーン――」と答える。

 このあと、ヨランドはオウエンを「とてもやり方が上達したね」と褒めているのだが、当然彼らのような人々に対して反感を持つものは、村には少なくない。やがて登場人物たちは翻訳作業も一つの原因であるさまざまな騒動に巻き込まれていく。

 同様のドラマは蝦夷(えぞ)地・北海道でもあっただろう。例えば、私は村上春樹『羊をめぐる冒険』(82年)の後半、本州からの開拓民を案内したアイヌ民族の青年と猟に来ていた一団、開拓民そして役人との地名をめぐるやりとりを思い出した。

 柳瀬は北海道文学を英語に翻訳したわけではない。『フィネガンズ―』の訳語に北海道の地名を使っただけである。しかしその翻訳はアイルランドを北海道につなげることで、私のような読者をジョイスからフリール、そして村上へと導いたのである。北海道文学の可能性を拡大深化していく「私たち」の傍には、きっと柳瀬のような「翻訳者」がいるはずだ。

 <さいとう・はじめ> 筑波大人文社会系文芸・言語専攻准教授。イギリス文学・冷戦期日本の英米文学者を研究。1968年夕張市生まれ。小樽商大卒。筑波大博士課程単位取得退学。博士(文学)。著作は『帝国日本の英文学』(人文書院、2006年)、論文は「柳瀬尚紀訳『フィネガンズ・ウェイクⅠ~Ⅳ』のアイヌ語地名について」(『文藝言語研究 文藝篇』、筑波大学、06年)ほか。

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