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全てが信仰 静けさ包む 函館・トラピスチヌ修道院の1日

 1898年(明治31年)の創立から120年目の夏を迎えた「天使の聖母トラピスチヌ修道院」(函館市上湯川町)。売店などがある前庭が連日、観光客らでにぎわう夏、塀に囲まれた「禁域」には、外界の喧騒(けんそう)とは無縁の静かな時間が流れている。キリスト教カトリックを信仰し、神に身をささげた修道女たちは、どんな日々を禁域の中で送っているのだろう―。14日に夕刊1面で始まる予定の企画「光のもとで 函館・トラピスチヌ修道院」第2部の連載を前に、院内の1日を写真とともに紹介する。

■午前4時前から

 修道院の朝は早い。午前4時前、聖堂で朝一番の祈りが始まった。

 「神よ、私の口を開いてください。私はあなたに賛美をささげます」「主よ、哀れみたまえ」。聖書の言葉と賛美歌で神をたたえることから1日が動きだす。

 「賛美と感謝のうちに。アーメン」。集まった修道女全員がオルガンに合わせてそう唱えると、照明が消えた。午前4時半から30分間に及ぶ黙想の時間。修道女たちが一斉に目を閉じ、聖堂内が物音一つ聞こえない静寂に包まれる。

 朝食を挟み、祈りやミサが続いた後、午前9時ごろから、菓子工場や果樹園、農場などで、それぞれの担当者たちが作業に入る。

 マドレーヌに似た人気洋菓子「マダレナ」作りでは、修道女たちが機械で生地をこね、焼き上げた菓子を選別・包装する。大型のオーブン前で付きっきりで焼き色を見ながら、温度を微調整する女性も。時間はあっという間に過ぎていく。

■90代も支える

 午前11時半に労働を終え、再び聖堂で祈りの時間となった。祈りに続き、この半日の行いを振り返る「糾明」が5分間行われる。

 正午過ぎ、祈りを終えた修道女たちが食堂に集まり始めた。各自が料理を取り分け、席に座る。

 食事は、神から与えられた肉体を養う貴重な時間だ。このため、食事中に会話は一切なく、係の修道女による聖書の朗読を聞きながら食べ進める。この日のメニューは、ご飯、焼き魚、スープなど。時間にして20分ほどで済ませる。

 昼食後は散歩、読書、仮眠など、それぞれが自由に過ごす。そして、九時課の祈りを終えた午後2時から、また労働の時間となる。

 働くことに年齢は関係ない。90代の修道女たちも、マフラーに使う羊毛の細かいごみを取ったり、機織り機で販売用のマットを織ったりと、作業を黙々と続ける。各自の経験と知識が共同体を支えている。

 労働終了は午後4時半。修道女たちは後片付けを慌ただしく終えると、午後5時からの祈りと黙想に間に合うよう聖堂へと急ぐ。

■心は常に神へ

 夕食後の午後6時55分、聖堂で1日の締めくくりとなる祈りと糾明、聖母への賛歌が始まった。

 1日の感謝、そして就寝時間分の祈りをささげる。2分間の糾明ではこの日の行動を振り返り、反省する。翌朝には持ち越さない。

 全ての祈りが終わると、セシリア青木秀子院長(70)が聖堂の出入り口に立ち、出て行く修道女ら一人一人に小さな棒で聖水を振りかける。1日の終わりに神の祝福を受ける「灌水(かんすい)」と呼ばれる儀式だ。深々と下げた頭で水を受けていく。

 夜の祈りが終わると、「大沈黙」に入る。緊急の用事がない限り、翌朝の祈りの時間まで話さない。修道女たちは個室へ戻り、午後7時45分には床に就く。

 「労働も食事も読書も、修道院の生活の全てが『祈り』です。心は常に神に向けられている」。院長の言葉通り、ここでは神のまなざしのもとで、祈りの生活が日々繰り返されている。

 函館報道部の小坂真希と信岡悠が文を、西村昌晃と石川崇子が写真を担当。道新情報サービスの押野友美が取材調整などを受け持ちました。

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