立春
先月上演された大阪・国立文楽劇場「初春公演」の演目のひとつは「卅三間堂棟由来(さんじゅうさんげんどうむなぎのゆらい)」だった。「木遣(きや)り音頭の段」のヒロインは紀州山中に立つ柳の精。人妻お柳(りゅう)として子を産み育て、幸せに暮らしている▼ある日、三十三間堂建立のためにこの柳が切り倒され、お柳は夫と幼子(おさなご)を残し姿を消す。丸太となった柳の大木は、大勢が押せども引けどもびくともしない。ところが、愛息みどり丸が引き綱を握ると―粛々と都へ引かれていった▼物語は「夕鶴」や「羽衣」のように、人ならぬものが人と契る「異類婚姻譚」に分類できよう。私たちは鳥や天人にとどまらず植物とも心を通わせられる。そう教える。主遣(おもづか)いの吉田文雀さん操るお柳は萌(も)える緑の衣をまとい、一足早い春風を吹かせていた▼きょうは立春。お柳の古里・紀伊半島からは梅の便りが届くころだが…。「日本一の梅の里」を自任する和歌山県みなべ町役場に尋ねると、開花は例年より半月以上も遅れて今月中旬の見込みという▼<東岸西岸(とうがんせいがん)の柳遅速(ちそく)同じからず、南枝北枝(なんしほくし)の梅開落(かいらく)すでに異なり>(保胤(ほういん))。和漢朗詠集で謡うように所によって春の訪れは違うが、北国を大雪で苦しめる寒波は、南海のつぼみも縮こまらせているようだ▼「立つ」とは、それまで存在しなかったものがこつぜんと姿を現すことの意という。心に春を立たせ、柳青み、梅香る日を思う。2012・2・4
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