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卓上四季

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饗宴と犠牲

昔から「まつり」の場では供えものをした。神をもてなし、宴会を開く。<神人共食するのがまつりの本旨であり、もっとも貴重な作法であった>という(「神饌(しんせん) 神と人との饗宴(きょうえん)」法政大学出版局)▼盛りつけたのは必ずしも山海の珍味に限らない。山芋、米、豆、海藻、魚介類…。それは各地、各時代の人が最も恩恵を受け、大切にしていた食べ物だった▼一緒の食事で一体感を図るのは何も「神と人の間」に限らない。というか、むしろ人同士の“おもてなし効果”を祈りに応用したのだろう。ぜひとも晩餐会(ばんさんかい)でもてなす「国賓」として―。安倍政権がこだわった2泊3日の日程で、きょう、オバマ米大統領が来日する▼首脳会談の卓上に載る主菜はTPPであり、安全保障問題となる。が、相手にのみ込ませたいもの、自分はのみ込みたくないもの。“食材”は種々入りまじる▼「犠牲」のもとの意味は「いけにえ」の動物。これまでの重要5農産物をめぐる日米政府間の攻防では、もはや牛や豚が「聖域」から追われて、米国への供えものとして差し出されそうな感がある▼忘れてもらっては困る。交渉の“具材”のごとく扱われる農産物の向こう側には、額に汗して飼育、栽培、販売し、生きる糧にしている多くの人がいることを。目先の利益にとらわれ、将来の暮らしや安全を「犠牲」にするような首脳同士の「饗宴」はいただけない。2014・4・23

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