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卓上四季

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お題目主義

米国・ルイジアナ州の郡庁舎にある旧約聖書の十戒の展示物について、ある下院議員がテレビのインタビューを受けた。議員は十戒こそ道徳の根幹と主張したが、「うそをつくなかれ」など三つの戒めしか覚えていなかった▼失笑を買う中、哲学者のチャーチランドは違和感を持った。議員は人望があり、道徳的人格の持ち主。それは十戒をすべて知っていることとは別問題だと(「脳がつくる倫理」化学同人)▼ふと、この話題が頭をよぎったのは、中央教育審議会が小中学校の道徳を教科に位置付けるよう答申したからだ。学習に当たって「誠実」「正義」などのキーワードの明示を求め、政権はいじめ根絶や愛国心育成に期待している。だが、米国の例を引くまでもなく、道徳と「お題目」を覚えるのでは、訳が違う▼道徳性を評価するというのも気になる。徳の有る無しをどう分けるのか。入試に使われる可能性があるだけに、先生の顔色ばかり気にする「ヒラメ生徒」の出現の方が、むしろ心配だ▼道徳は学校だけで身に付けられるものではない。例えば、なぜ食べ物を粗末にしてはならないか、どうして高齢者に席を譲るのか。家庭で、そして電車の中でも学ぶ機会はある▼要は、社会とどう向き合うのか、自分の頭で考え続けるほかない。「道徳の与える損害は完全なる良心の麻痺(まひ)である」。芥川龍之介の言葉が警鐘に終わればいいが。2014・10・23

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