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卓上四季

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天気予報と戦争

新聞の天気予報が復活したのは1945年8月23日のことである。太平洋戦争が始まったのと同時に「軍事機密」となり、発表が一切許されなかったためだ。ラジオでの解禁は新聞よりも1日早かったが、誰もが長かった戦争の終わりを実感したことだろう▼気象と戦争のつながりは深い。「ゲリラ」豪雨、「爆弾」低気圧、そして寒冷「前線」といった具合に軍隊を連想させる表現からもうかがえる。そもそも天気予報の始まりは19世紀半ばに起きたクリミア戦争がきっかけだった▼黒海洋上でフランスの最新鋭の戦艦などが嵐に見舞われ次々と沈没してしまう。事態を重く見た仏政府は高名な天文学者に暴風雨の研究を命じる。天気図を毎日作成すれば予想は可能との報告を受け、観測通信網の整備に取りかかったという▼確かに時々の天候が戦争の行方を大きく左右した例には事欠かない。物理学者の寺田寅彦も随筆「戦争と気象学」で書いている。「充分な気象観測の材料が備わっていて優秀な気象学者がこれに拠(よ)って天候を的確に予報する事が出来れば如何(いか)に有利であるかは明らかである」▼いまや天気予報もグローバル化が進み、世界各国による技術や情報の連携なしには成り立たない。まさに国際協調ゆえの平和の象徴でもあるのだ▼きょうは処暑。季節の移ろいとともに、あすの空模様を知るすべがなかった日々にも思いをはせたい。2014・8・23

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