どうしんウェブ 北海道新聞

  • PR

  • PR

炭都のゆくえ 北炭夕張新鉱事故から30年

上.【引き金】 退職金 市が肩代わり (2011/10/12)

操業当時のスローガンを掲げた塔が残る北炭夕張新鉱の通洞口。人影はほとんど見られない

 東京の北炭本社から夕張市に1枚のはがきが届いた。夕張市の財政破綻が明らかになる前年の2005年2月ごろのことだ。同社が会社更生手続きを終え、再生したことを知らせる内容だった。

 夕張市は当時、必要な現金を調達できなくなる「資金ショート」の恐怖におびえていた。北炭再生の知らせに、市の石炭担当だったベテラン職員は「こっちは大変なのに…」と複雑な思いを抱いたことを今も覚えている。職員がそう感じたのは、北炭が起こした大惨事が、夕張市の財政危機の引き金になったとの認識があったからだ。

打ち出の小づち

 1981年10月16日、北炭夕張新鉱で発生したガス突出事故。道内の炭鉱事故で戦後最悪の93人が犠牲になり、北炭の全面撤退につながった。最後に残った三菱南大夕張炭鉱でも85年に62人が死亡するガス爆発事故が起き、90年に閉山。夕張は炭都としての産業基盤を失った。

 新鉱閉山を受け、夕張市は会社の経営破綻で未払いになった賃金や退職金の一部を肩代わりする形で、北炭が所有する土地や住宅、水道などを26億円で買い取った。この北炭資産の購入には、今も「北炭破綻のツケを夕張に回した」との批判がつきまとう。

 批判に対し、夕張勤務の経験もある現北炭の松岡郁雄社長は「できる限りのことはやったと思う」と反論する。北炭は1890年の夕張炭鉱を皮切りに、1987年の真谷地炭鉱の閉山まで1世紀にわたって夕張で石炭鉱業を行い、従業員のために電気や水道、道路などを自前で整備してきた。いわば夕張は北炭によってつくられたマチで、生え抜きの松岡社長の言葉にはその自負がにじむ。

 だが皮肉にも、旧北炭用地は80年代半ば、夕張市が公共投資の資金を生み出す「打ち出の小づち」の役割を果たした。1期目の折り返しを過ぎていた中田鉄治市長の「石炭から観光へ」のスローガンの下、「石炭の歴史村」建設などの観光開発の財源づくりに活用されたのだ。

負債総額632億円

 夕張市財政を研究する北海学園大の西村宣彦准教授によると、カラクリはこうだ。市が借金して土地開発公社から旧北炭用地を購入すると同時に、公社に売り戻して売却収入を得る。まとまった資金を調達できるが、売り戻す際の公社の借金は市が債務保証しており、市の借金は二重に膨らむことになる。

 6期続いた中田市政で、土地開発公社や他の第三セクターを通じた類似の資金調達が繰り返され、翌年度の資金を前倒しして前年度に繰り入れる赤字隠しなどとともに、借金を天文学的に増やす結果となった。夕張市は06年6月、道の調査で総額632億円もの負債を抱え、財政再建団体入りを表明。全国唯一の財政再生団体として、今後16年間で322億円の赤字解消を目指す再生計画の遂行を課せられている。

 現北炭はロシア炭の専門商社になり、夕張市の予算規模に匹敵する年商100億円を売り上げる。事故から30年。北炭が去った炭都は、もがき続けている。 (夕張支局の高須賀渉が担当します)

◇北炭と夕張新鉱ガス突出事故◇

 北炭の正式名称は北海道炭礦(たんこう)汽船。1889年(明治22年)に国から幌内炭鉱(三笠市)と幌内鉄道の払い下げを受けて発足し、空知の炭鉱開発を軸に発展。戦後は政商と呼ばれた故萩原吉太郎氏に率いられ、最盛期には18炭鉱、従業員2万5千人を擁した。その後、石炭産業の衰退とともに次々に閉山。社運をかけて開発した夕張新鉱で1981年10月16日、大規模なガス突出と火災が発生し34人が死亡。救護隊員を含む59人が取り残されたが、火災拡大を防ぐため7日後に坑内へ注水した。北炭は95年に会社更生法申請、2005年に更生手続き完了。現在はロシア炭の専門商社として電力会社向けに石炭を輸入、販売している。

<夕張市と北炭夕張新鉱の歩み>

1970年10月 北炭夕張新鉱開発工事開始
  75年 6月 新鉱営業出炭開始
  78年 7月 「石炭の歴史村」着工
  79年 4月 中田鉄治市長初当選
  81年10月 北炭夕張新鉱ガス突出事故で93人死亡
     12月 北炭夕張炭鉱会社更生法申請
  82年10月 北炭夕張新鉱閉山
  83年 6月 「石炭の歴史村」全面オープン
  85年 5月 三菱南大夕張炭鉱ガス爆発事故で62人死亡
  87年10月 北炭真谷地炭鉱閉山
  90年 3月 三菱南大夕張炭鉱閉山
  95年 2月 北炭本社会社更生法申請
2003年 4月 中田氏が6期24年の市長任期を終え引退
      9月 中田氏死去
  05年 1月 北炭本社会社更生手続き終了
  06年 6月 夕張市が財政破綻を表明
     11月 「石炭の歴史村」自己破産
  07年 3月 夕張市が地方財政再建促進特措法の「財政再建団体」に移行
  10年 3月 夕張市が自治体財政健全化法の「財政再生団体」に移行

このページの先頭へ