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完結篇 7月1日スタート

親鸞 完結篇
 五木寛之氏の連載小説「親鸞(しんらん) 完結篇」が7月1日から、北海道新聞朝刊に登場します。第1部、第2部に続き、京都で過ごした晩年までを描きます。ご期待ください。

 第1部にあたる「親鸞」(2008年9月1日〜09年8月31日)は京都に生まれ、法然に師事し、弾圧を受けて越後に流された若き日の親鸞像に迫りました。続く「激動篇」(11年1月1日〜12月11日)は、赦免(しゃめん)の後、関東に招かれた壮年期の親鸞が、布教しながら思索を深める様子を描きました。

 今回の「完結篇」で、親鸞は京都に帰還します。「教行信証」の完成など多くの業績を残し、90歳で没するまでの晩年を、80歳を迎えた著者が円熟の筆致でつづる予定です。

 挿絵は、第1部、第2部と同じく山口晃さんが担当します。

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「親鸞 完結篇」連載にあたって ■五木寛之■

不安と高揚の谷間で

五木寛之
 新聞紙上で新しい連載をはじめるということは、暗夜に未知の大海に乗りだすようなものだ。

 これまでの実績も、長年の経験も、まったく役には立たない。一日一日が真剣勝負であり、あらたな試練である。

 さいわい第1部と第2部と、時間をおいてではあったが、「親鸞(しんらん)」を書き続けることができた。いよいよ第3部、「完結篇」のスタートである。越後、関東をへて、親鸞はふたたび京都に回帰する。90歳で世を去るまで、彼の生涯は一日たりとも安穏ではなかったのではないか。新しい思想と信仰への弾圧の嵐は、さらに吹きすさぶ。親鸞一家の生活は、どのようにして支えられたのか。父と子、そして夫と妻のありようは、どのようなものであったのか。

 個人の信仰と、組織のあいだには宿命的な葛藤(かっとう)が待っているだろう。親鸞その人の内部にも、人間である以上、多くの迷いもあったはずだ。

 私なりの構想としては、第3部を群像の織りなす多面的な物語りとして描きたいと思っている。さまざまな人物を登場させて、その劇的な動きのなかから親鸞を逆照射できないものだろうか。

 いま、もしこの現代に親鸞が生きていたとしたら、どうだろう。何を発言し、何をしただろうか。または、何を言わず、何をしようとしなかっただろうか。

 私たちは現在、言いようのない不安の時代に生きている。だからこそ、日々、数枚の文章をとおして、一瞬でも心が自由に解放されるような、そんな物語りを世に送ることができたら、というのが新連載にあたっての作者のひそかな抱負である。

 どうぞご愛読ください。

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