札幌へ 北海道新幹線
<1>政治決着 「議員の力」効果と危うさ (2008/12/18)
北海道新幹線の長万部−札幌間の着工が十六日の政府・与党会合で決定し、札幌への新幹線乗り入れが確定した。財政不足の中での決着の舞台裏や、開業までの課題、経済活性化にかける沿線自治体の動きなどを四回に分けて報告する。
「それは北海道として合意した話じゃない!」。町村信孝前官房長官の怒声に、場の空気が一瞬凍り付いた。整備新幹線三区間の新規着工論議が大詰めを迎えた十日の与党プロジェクトチーム(PT)会合。町村氏がかみついた相手は、PT座長の津島雄二元厚生相だった。津島氏はこの日、来年度着工の座長私案を提示。そこには、北海道新幹線の整備方式が、地元の希望するフル規格ではなく「スーパー特急方式」と記されていた。 「これじゃ町村さんも地元に説明できんだろ」。PT終了後、“ライバル”の北陸新幹線の地元議員が国土交通省幹部につぶやいた。町村氏の一言が効いたのか、十六日の政府・与党合意文書では、「スーパー特急方式」の文字が「整備方式は要検討」に変わった。 「まさに隔世の感だ」。道内の誘致関係者は今回の論議で、道内選出議員が見せた「力」に感慨深げだ。 整備新幹線は、「政治新幹線」とやゆされるほど、地域の政治力が物を言う。これまで北陸の森喜朗元首相、九州の久間章生元防衛相、東北の津島氏らが時に強引な手法でしのぎを削り、「蚊帳の外」に置かれてきたのが北海道だった。 新函館延伸が論議された二〇〇三年当時の自民議員の多くは中堅クラスで、森氏や津島氏に押されるばかり。ある道内企業経営者は「道内議員はやる気がないと思った。高橋はるみ知事が、当時の小里貞利自民党整備新幹線建設促進特別委員長の信頼を得ていなければ、新函館延伸も危うかった」と振り返る。 しかし、〇四年九月の第二次小泉政権で武部勤氏が自民党幹事長に就任。〇六年の安倍政権で中川昭一氏が党政調会長、〇七年の福田政権で町村氏が官房長官と要職に名を連ねた。麻生政権では、財務相に中川氏が就き、与党PTには新たに武部氏が加わった。 麻生政権の支持率が低下する中、総選挙を意識し、着工区間をめぐる今回の「綱引き」は激しさを増した。北海道、北陸、九州いずれも部分着工という「三方一両損」で決着。北海道は長万部−札幌間(百二十四キロ)で、距離では北陸の金沢−福井間のほぼ倍だ。 一見、北海道の成果はめざましいが、北陸の敦賀駅、九州の長崎駅という「点」にすぎない駅舎着工に注目する道内与党関係者は「他の二地域の政治力が依然北海道に勝る証左」と解説する。「終着駅を着工させることで、北陸、九州は次年度以降の全線着工を確保した」というのだ。 しかも、道内選出議員が力をつけたとはいえ、次期衆院選の結果次第では下野を強いられ、新幹線論議に関与できなくなるかもしれない。その時、残された新函館−長万部間の着工問題はどうなるのか。政治が決定権を握る新幹線ゆえに、全線着工のゴールラインは深い霧に包まれている。(東京政経部 宇野一征) |



