北海道への避難 その後
“第三の故郷”札幌で生きる― 宮城・石巻で被災、カザフから永住帰国 84歳伊藤さん
札幌市東区の道営住宅に暮らす伊藤さんの居間の壁には、水でふやけた一枚の写真が飾られている。海外で暮らす長男や長女、次女とその夫、孫、ひ孫たちの集合写真だ。 「この写真は奇跡的に津波で泥まみれにならずに助かった」と目を細める。 昨年3月11日、当時住んでいた借家でテレビを見ていた時、強い揺れが襲った。避難のサイレンは聞こえず家にとどまっていると、約1キロ離れた海岸から津波が押し寄せてきた。黒くよどんだ濁流は家にも入り水位がみるみる上がった。 「もうだめだ」。食卓のテーブルの上に座り、天井まで水が届く想像をして、恐怖と寒さで震えた。結局、水位は1メートル20センチほどで止まったが、テーブルの上で一晩明かした。 翌日、近くの小学校へ避難。2週間後に残留邦人の帰国支援に携わる知人が安否を気遣い、学校に来てくれた。 NPO法人「日本サハリン同胞交流協会」(東京)に、旧ソ連圏からの永住帰国者が多い札幌への移住を勧められ、4月上旬に引っ越した。飛行機代や自宅の家具はすべて、同協会のカンパで用意してもらった。 伊藤さんが気がかりなのは両親のこと。父親は約40年前、母親は21年前に他界、石巻市の高台に墓がある。先に樺太(サハリン)から引き揚げていた両親は、伊藤さんが機関士の仕事の関係で抑留され、カザフスタンへ移送された後も「息子は絶対に生きている」と信じてくれたという。 「震災でも両親に守られた気がする」と伊藤さん。水没せず残された家族写真を胸に、札幌で新たな一歩を踏み出した。 |
北海道への避難 その後 コンテンツ一覧
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3・11から1年
北海道・東北考
3・11を越えて
岐路 大間はいま
北海道への避難 その後
北海道への避難者受け入れ
東日本大震災から半年
大震災発生から3カ月
3・11あの日から
亡くなられた方々(共同通信)
放射能から身を守るには
道内都市にも津波の爪痕
道内への影響は
天皇陛下がメッセージ
- 住宅を提供する自治体等
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北海道内で避難者のために公営・民間住宅を提供している自治体等の一覧です。青い文字をクリックすると、それぞれのホームページをご覧になれます。
国土交通省
北海道(道営住宅など)
札幌市(市営住宅)
北海道電力(社宅)
ルームドナー(民間住宅)
【道央】
赤平市(市営住宅)
石狩市(市営住宅)
歌志内市(市営住宅)
江別市(市営住宅)
恵庭市(雇用促進住宅)
小樽市(市営住宅等)
北広島市(市営住宅)
苫小牧市(市営住宅等)
深川市(市営住宅等)
当別町(町営住宅)
南幌町(町営住宅)
北海道社会事業協会・余市協会病院
【道南】
函館市(市営住宅等)
【道北】
旭川市(市営住宅等)
士別市(市営住宅)
置戸町(町有住宅等)
滝上町(町営住宅等)
美深町(町営住宅)
猿払村(村営住宅)
【道東】
帯広市(市営住宅)
釧路市(市営住宅)
音更町(民間住宅等)
上士幌町(町営住宅)
鹿追町(町営住宅)
士幌町(公営住宅等)





