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Oh!さっぽろ

勲章って何!? 城山さん、戸田さん、武井さんは“拒否” (2007/04/24)

城山三郎さん

戸田一夫さん

武井正直さん

 長年、社会に貢献した人を、国が毎年春と秋にたたえる叙勲と褒章。今春も二十九日、全国で約五千人がこの栄誉を受ける見込みだ。ところが、三月に七十九歳で亡くなった作家の城山三郎さんは、褒章を断っていたという。調べてみると、道内にもそんな名誉を「いらない」と、拒んでいる人がいた。考えてみれば、勲章って一体、何だろう。(鷲見浩二)

「人の格付け」の面も

 「本人の強い意思で、表彰や勲章は一切、辞退していたんです」

 北海道電力広報部の加藤潤一郎さんは故人をしのびながら、言った。

 昨年十月、八十四歳で亡くなった戸田一夫さん。同社の社長や会長を務め、道経連会長などを歴任した道内経済界の重鎮だった。

 北電によると、同社の歴代社長では、戸田さん以前の四人がいずれも勲一等などを受けている。受章は戸田さんと同様、経済団体のトップなどを務めた功績が認められた。戸田さんも対象になっていたのは間違いない。

 だが、「そろそろどうかと、国から内々に打診が来たこともありましたが、本人の希望ですから、会社として推薦しなかったんです」と加藤さんは言う。叙勲は関係団体などが候補者を推薦して国が決める仕組み。その推薦を戸田さんは拒み続けたわけだ。

 理由は何だったのか。故人の戸田さんにじかに聞くことはできないが、加藤さんは「経済人が仕事をするのは当たり前。それで表彰なんておこがましいと思っていたようです」と代弁した。

 もう一人、道内経済界で「勲章はいらない」と言って、はばからない人がいる。北洋銀行相談役の武井正直さん(81)だ。武井さんも同行頭取や会長、北海道経営者協会会長を長く務めるなど、その経歴は華々しい。

 その思いを聞こうと、取材を申し込んだが、同行広報を通じ、「勲章を受ける人もいるし、受ける、受けないは個人、個人の考え方。コメントは差し控えたい」と、やんわり断られた。ただ、過去の北海道新聞のインタビューでこう言っている。

 「人が人に対して『おまえは勲何等だ』なんて格付けするのは失敬千万」(一九九八年五月八日朝刊)

 どうやら勲章にかなり抵抗感があるらしい。


 ところで、そもそも叙勲・褒章って何なのか。

 制度を所管する内閣府賞勲局に聞いてみると、「国または公共に対し、功労のある人、社会の各分野で優れた行いのある人を表彰するもの」だそうだ。つまりは、国や社会に貢献した人を、“お上”である国が、「あんたはエライ!」とたたえる制度なのだ。

 どんな人が対象かというと、政治家や自治体の首長、公務員をはじめ、大学教授や経済団体役員などさまざま。札幌市民に身近な人でみると、元札幌市長の板垣武四さん(故人)は勲二等旭日重光章、前札幌商工会議所会頭の西尾長光さん(同)は旭日小綬章を受けている。

 さらに、保育園長や国勢調査員、民生・児童委員、文化財保護に寄与した人など、どこの町内にもいる市民に身近な人も対象になっている。確かに、何らかの形で社会に貢献している人たちだ。

 だが、こうした職に就かなくても、社会に貢献している人は多いはず。国はこうした人も評価し、対象者を決めているのだろうか。

 札幌市内のある経済団体幹部は言う。「本当に地べたで汗をかいた人なら、当然、たたえるべきだ。でも、議員や公務員が優遇されている」

 例えば昨年秋の叙勲。全国の受章者は四千二十八人だったが、このうち民間人は千六百五十人と、全体の41%しかいない。要するに、六割近くはもともと「官」側にいた人だ。

 そもそも、戦前、勲章授与の大権は天皇にあり、対象者は軍人と官僚が中心だった。戦後は内閣の助言と承認を受けた天皇の国事行為となり、対象も広がったが、いまだに「官尊民卑」の印象はぬぐえない。ちなみに、昨年秋の受賞者のうち女性は三百三十六人で、わずか8%だった。


 そう言えば、政府は二○○三年、叙勲制度で「勲一等」など数字によるランクや男女区分などを原則廃止した。きっかけは二○○○年、当時の自民党政調会長、亀井静香さん(現・国民新党代表代行)が「人間の一生を等級に分けて評価するのはおかしい」と発言したことだ。

 まさにその通りで、人の人生に等級があるはずがない。叙勲はそれをわざわざランク付けする制度とも言える。

 こんな気になる面もある叙勲・褒章。有名人でも受章を拒否し、話題になった人が少なくない。文化勲章を拒否したノーベル賞作家の大江健三郎さんや、女優の故・杉村春子さんらがそうだ。

 紫綬褒章を断った城山さんは、九二年に著した詩集「支店長の曲り角」で、「勲章について」と題し、褒章を断ったエピソードをつづっている。

 その詩の中ほどで、城山さんは妻にこう言う。

 「読者とおまえと子供たち、それこそおれの勲章だ。それ以上のもの、おれには要らんのだ」

 そう、勲章を受けるも、受けないも、個人の考え方。武井さんの言う通りなのだ。

叙勲・褒章

 叙勲は1875年(明治8年)に政府が公布した「勲章従軍記章制定ノ件」、褒章は81年公布の「褒章条例」が始まり。終戦後、生存者への叙勲は一時取りやめになったが、1964年に再開され、2003年秋に、それまでの一等、二等などの等級を廃止し、現行の制度となった。

 現在の叙勲は公共的な業務が対象の「瑞宝章」と、さまざまな分野の「旭日章」の二本立てを基本に、それぞれを大綬章、重光章など6つに分類。その上位の大きな功績には、最高位の大勲位菊花章と桐花大綬章がある。警察官や自衛官など、危険性の高い業務に精励した人には「危険業務従事者叙勲」が設けられている。

 褒章は特定分野の民間人を表彰する制度で、学術などの「紫綬褒章」や人命救助などの「紅綬褒章」など6分野に分かれている。

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