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南極通信

番外編 地球見守る喜びと誇り (2007/12/28)

「求む男子。至難の旅」100年前と様変わり

 「求む男子。至難の旅…」。南極が探検の舞台だったころ、新聞に載った探検隊員募集の広告に五千人が殺到したという。人類が南極点に到達した一九一一年から、一世紀の節目は近い。現代の観測隊員たちは自問する。「なぜ、今、私はここにいるのか」と。


《左》輝く氷山を遠望する(1月3日)  《右》光の中へ。銀河とオーロラを仰ぐ(3月22日)

「なぜ家族と離れ、ここに…」隊員自問

 百年ほど前、英国のある新聞に掲載されたという広告の文章が伝えられている。アイルランド生まれの探検家、アーネスト・シャクルトンは、死地に向かう同志を募った。


 「求む男子。至難の旅。わずかな報酬。極寒。暗黒の長い日々。絶えざる危険。生還の保証なし。成功の暁には名誉と称賛を得る」と訳される。

 医師として参加している小川稔さん(40)=北大医学部卒、兵庫県出身=は学生時代、この文章をコピーした山岳部の新人募集のポスターに、足を止めた。

二十年の時を経て、小川さんは南極観測隊に加わった。

 「今でも十分に、われわれの魂を揺さぶる力は持っている」。五月、小川さんはシャクルトンの文章について、個人のブログにそう書き、昭和基地から発信した。

  小川さんが、南極での生活を振り返る。

 「時に私たちは、何故家族と離れ、少なからぬ犠牲を払いつつもこの地で過ごしているのか。そして、それに見合うだけの意義があるのかを、自問自答することがあります」

 「息子は学生のころ、モンゴル、オーストラリア、ニュージーランドなどへ出かけていたので、大学を出て初めての勤務地が北海道の稚内と聞いても驚きませんでした。でも南極は、親としてあまりに遠いところで言葉も出ませんでした」

 オーロラ観測を担当する源泰拓さん(39)=岡山市出身、気象庁地磁気観測所(茨城県石岡市)所属=の両親は、息子に南極行きを伝えられ、あっけにとられた。

 地下鉄やバスに揺られて出勤する日々、上司や部下、子育てや介護、買い物…。身の回りの現実から、「南極」はかけ離れている。人類が足を踏み入れたことのない場所がまだ残る南極に、探検の余地が、ないわけではない。

 しかし、科学技術の進歩は、真冬の南極でさえ人間に快適な生活を約束し、未解明な自然現象のベールを確実にはがしつつある。

 先駆者の時代は、遠く去って既に久しい。

《左》生態調査を目的に行われている釣りではあるが、大漁はやはりうれしい。笑顔の隊員たち(11月14日)
《右》海の生物の調査もかねて行われている釣りで、巨大魚ライギョダマシを釣り上げた(12月4日)。138センチ、35キロの巨体は、昭和基地の釣り史上最高記録となった。魚は冷凍したまま持ち帰り標本にする

 未知への挑戦と探検にあこがれる者は、遅れて生まれてきたことを恨むしかないのか。

  越冬隊員は三十五人。隊長をトップに観測部門と設営部門の二つに大きく分かれる。観測や研究に携わるのが十四人。これを支える機械や通信、調理、医療の担当者が二十人いる。

 通信担当の戸田仁さん(44)=札幌市北区在住、北海道総合通信局勤務=は、「生活していく上で必要な職種のメンバー三十五人で構成される小さな村というイメージです」と説明する。

 その村の日常。

  「日本と同じように、毎日朝起きて、仕事をして、睡眠の繰り返しです。通勤、混雑などもなく単調になりがちな生活なので、スポーツやレクリエーションを計画します。バスケットボールやソフトボール、サッカーを行っています」(戸田さん)

 百年前の「絶えざる危険。生還の保証なし」。南極は様変わりした。女性も観測隊の一員だ。

 「なぜ、南極に行くのか」

 日本を離れるとき、この問いに対する明確な答えを見いだせなかった小川さんは、時に牙をむく南極の自然の中で過ごして、実感する。

  「私たちをこの地に駆り立てた原動力は南極の雄大な情景であり、地球の環境を見守り続けることに貢献できるという喜びと誇りだった。今地球で何が起こっているのかを明らかにすることが、南極観測の存在意義ではないのか」と。

 環境保全を担当し、南極のごみ対策に当たってきた大嶋淳さん(33)=北大大学院工学研究科修了(環境資源工学)、茨城県出身=は、氷山の蒼(あお)い輝きを決して忘れない。

 「降り積もった雪が押しつぶされ氷となり、何万年もかけて大陸の上を押し流され、潮の満ち引きや海流によって分裂し、海に漂流する。そして、暴風と荒波に浸食されて、一つ一つが異なった姿となる。時に動物を、時に建造物を思わせる。いずれは消え行く運命の氷山は、まるでずっとそこにあったかのような、そして、これからも永遠にそこにあるかのような存在感なのだ」

 (第四十八次南極観測隊、国立極地研究所の取材協力で掲載してきた南極通信はこれで終わります)

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