民主党に問う
<1>小沢代表に首相の覚悟はあるか (2009/02/10)
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選挙優先、議論は後回し
一月二十五日夜。民主党の小沢一郎代表は帯広で石川知裕衆院議員の集会に出席した足で札幌に向かい、ホテルの一室で、古くからの支援者の女性経営者らと中華料理で久々の会食を楽しんだ。 「国民自ら一票を投じることで政治を変えられる」。紹興酒の杯を重ね、熱弁を振るう小沢氏。支援者が「政権交代したら『小沢首相』に会いに北海道から官邸へ行きますからね」と持ち上げると、「その時はね」と言葉少なに笑顔を見せた。 小沢氏は各種世論調査の「首相にふさわしい政治家」で麻生太郎首相を大きく引き離すようになった。ある道選出議員は「党の会合で小沢氏が入ってくると水を打ったようにシーンとなる。昔の頑固おやじだ」とその求心力を表現。手の届く所にきた政権に、小沢氏と距離を置く副代表の一人も「寄り合い所帯と評された民主党を、ほかの誰がここまでもって来れたか」とその功績を認めざるを得ない。 しかし、小沢氏が首相就任への意欲を語る言葉はあくまで控えめだ。一月三十一日の盛岡市内での記者会見では「国民の支持で過半数を得た場合には、(代表の)責任を果たさなければならない」と述べたが、「もう逃げられない」(党幹部)という消極的ニュアンスがぬぐえない。 小沢氏は四十九歳だった一九九一年、当時の金丸信・自民党竹下派会長から海部俊樹首相の後継に推されたが固辞し、のちに周囲に「あの時なっていれば…」と後悔の念を吐露したこともある。 だが、狭心症を患い一日一回の昼寝を欠かさないとされる現在、「長時間の国会審議や強行軍の外遊に耐えられるのか」という健康不安説と相まって、首相就任の覚悟にはなお疑問符が付く。 衆院選前の最後の論戦になる可能性がある今国会。小沢氏は衆院代表質問、予算委員会のいずれにも登場せず、党政調会長経験者は「雇用問題を麻生首相とやり合えば、党の政策に現実感を持ってもらえたのに」と不満を漏らす。自民党にも「首相になろうというのであれば、堂々と質問しないで何が野党第一党か」(古賀誠選対委員長)と格好の攻撃材料を与えた。 昨年十月にはインドのシン首相との会談を体調不良を理由に当日キャンセルして物議を醸したが、二月中にも派遣する党の訪米団も参加を見送った。二〇〇六年四月の代表就任時に執筆中と公表した著書「日本改造計画」第二弾も、周辺は「忙しくて出すとしても衆院選後」と素っ気ない。 国会論戦、野党外交、政策。小沢氏は「首相候補」をアピールする機会には目もくれず、「とにかく選挙で勝たなければ話にならない」と選挙区行脚に没頭する。五日には東京都内の衆院選候補者の事務所を抜き打ち訪問し、記者団に「首都圏、地方、まだ(未訪問の選挙区が)残っている。今月中には回る」と力を込めた。 だが、表舞台を避けがちで選挙対策最優先の姿勢は党内でも、陰で首相を操り、「独断専行」「権力の二重構造」と批判されたかつての「小沢流」への疑念を払拭(ふっしょく)しきれない一因になっている。 仙谷由人元政調会長は一月のテレビ番組で、党内を混乱に陥れた一昨年の大連立と辞任騒動を「雲の上から『おお連立だ』『おお辞めた』と言われたようだった」と回想。「公開と説明、議論なくしては国民は戸惑うばかりだが、議論はお好きではないようだ」と「小沢首相」の政権運営に強い懸念を示した。 党内では「首相になっても病気を理由にすぐ退陣し、国民受けのいい鳩山由紀夫幹事長を担ぐのではないか」(参院幹部)といった「短命説」もささやかれる。さまざまな不安や疑問への丁寧な説明が、小沢氏には求められている。 秋までに必ず行われる衆院選で、民主党は悲願の政権交代に挑む。結党十年あまりの若い政党は、小沢代表の下でこの国をどう変え、何を実現しようとしているのか。統治能力や政策などを検証する。 =小沢一郎代表が目指す国家像(1月18日の党大会演説より)= ●「国民の国民による国民のための政治」の実現。2大政党制の下で、初めて政権交代を実現し、日本に議会制民主主義を定着させる ●「人間の人間による人間のための経済」の実現。公正なルールに基づき、本来の自由経済に是正し、国民生活のセーフティーネットを前提にした仕組みにつくり替える ●「住民の住民による住民のための社会」の実現。まじめに働く人が報われる社会、年金や医療、子育て、雇用、地域を立て直し、住民が安定した暮らしのできる社会にする。その前提として真の地方分権を確立する |



