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現代かわら版

軍艦島で注目 空知の炭鉱遺産 廃虚は何を訴えるのか (2009/04/28)

炭鉱の記憶推進事業団理事長
吉岡・札国際大准教授

<旧北炭幌内炭鉱>市民によって周囲に見学路整備が進む旧北炭幌内炭鉱の施設跡

<旧住友奔別炭鉱>今も巨大な姿を残す旧住友奔別炭鉱の立て坑

<旧北炭赤間炭鉱>ズリ山の脇に残る旧北炭赤間炭鉱の選炭工場の一部

学ぶほどに奥が深い/誇りや技、食文化… 見えないものに思いを

 炭鉱遺産が注目されている。炭鉱閉山で無人島になった長崎市の軍艦島《正式名称・端島(はしま)》は二十二日、三十五年ぶりに上陸が解禁され、人気スポットになりつつある。多くの炭鉱があった道内の空知地方でも、炭鉱遺産を活用する動きが活発だ。「廃虚」は、私たちに何を訴えるのか。NPO法人・炭鉱(ヤマ)の記憶推進事業団(夕張)理事長を務める札幌国際大観光学部の吉岡宏高准教授(45)と考えた。(岡本玄吾)

 「炭鉱を含む産業遺産が持つ価値への理解が一歩進むでしょうね」。吉岡准教授はこう話し、軍艦島のニュースを歓迎した。

 軍艦島は最盛期には約五千人もが住んだが、無人化によって、高層住宅群などの崩壊も進む。しかし、写真集も発売されるなど、“廃虚マニア”の間では有名な場所だった。長崎市は新たな観光資源にしようと、見学施設を整備。世界遺産登録も目指している。

 今なぜ、炭鉱遺産がブームなのか。吉岡准教授は「嗜好(しこう)や考え方の多様化が大きい」と説明する。どこかを観光する場合でも、従来は名所旧跡を見るだけで満足した人たちが、最近は勉強しないと理解できないものに挑戦しているというのだ。

未来へのヒント

 つまり、炭鉱遺産を見ても、なぜそこにあり、どういうものか知って初めて深い理解ができる。学ぶことによる他人との差別化や自己確立。日本の一時代を作った炭鉱は、学べば学ぶほど奥が深いのだ。最近、歴史好きで知識もある女性を「歴女(れきじょ)」と呼び、ブームになっているのも同じ流れだ。

 そして、もう一つ。吉岡准教授は「自分たちはどう生きていくべきか、日本人が迷っているのも要因」と話す。日本は戦後、豊かな暮らしをしたいと、米国を追いかけて頑張ってきた。それがある程度達成され、立ち止まって考える時期に差し掛かった。これから進む道はどれか。「未来のヒントは過去にある」と自分たちが歩んできた道を振り返るようになったというのだ。

迫力ある存在感

 こうした時代的な追い風も吹く空知地方。実際、どんな炭鉱遺産があるのか。吉岡准教授がまず挙げたのは、近代的な道内炭鉱の歴史が始まった三笠市。旧北炭幌内炭鉱には、石炭と岩石を分ける選炭機が残る。その周辺を、市民が公園として散策路などの整備を進めている。また、同市内に残る旧北炭幌内炭鉱や旧住友奔別炭鉱の立て坑やぐら。その存在感は、いかに石炭産業が大きかったか感じさせる迫力がある。

 「自然と闘いながら、どんなに大変な思いをして石炭を掘っていたのかを知ることができる」と吉岡准教授が勧めるのは、夕張市の石炭博物館。実際使っていた旧北炭夕張炭鉱の坑道に入っていける施設だ。ガスが出た際の保安施設などからは、採炭作業がいかに危険と隣り合わせだったか、実感できる。

 立て坑やぐらが、ほぼ当時のまま保存されているのは赤平市の旧住友赤平炭鉱。また、同市内には、旧北炭赤間炭鉱の選炭工場の一部も残る。その脇には、石炭と一緒に出た岩石を積み上げたズリ山もあり、階段を上れば炭鉱マチが立て坑を中心に、どうつくられたのか一望できる。

 ただ、吉岡准教授は「本当に見てほしいのは、こうした炭鉱遺産の陰にあるもの」と訴える。炭鉱の人々が持っていた誇りや思い、蓄積された技、そこではぐくまれた食文化。こうした見えないものに思いをはせてほしいというのだ。

 そして、「炭鉱では強制労働や事故、労使紛争などもあった。いいことも悪いことも、この地域には埋もれている。軍艦島と違う空知地方の炭鉱遺産の特徴は、それを自分の経験として語れる人たちが、今も住んでいるということだ」と語る。

若い世代が関心

 こうした炭鉱遺産の価値を見直す動きは、十年ほど前から始まった。空知支庁が、どのような遺産が残っているか調査に着手すると、各地で炭鉱遺産を残そうとする市民団体が誕生。これらの連携を目指して二〇〇七年には、炭鉱の記憶推進事業団もスタートした。

 ただ、十年前は炭鉱について「暗い」「時代が終わったもの」との印象が強かった。そのため、住民からは「なぜ、炭鉱の残骸(ざんがい)を残すのか」という批判的な声もあった。

 しかし、吉岡准教授は「世の中は変わった。最近は炭鉱を知らない若い人たちが非常に関心を持ってくれる」と話す。炭鉱施設のがれきをじっと見つめ、思いを巡らす道内外の人の姿を、あちこちで見かけるという。

 もっとも、これら旧炭鉱施設の多くは、貴重なものと残しているのではない。吉岡准教授は「撤去するにも費用がかかるため、壊すに壊せなかったにすぎない」と説明する。

 「このままでは十年後、『なぜ、あれほどの施設をなくしてしまったのか』と悔やむことになりかねない」と、吉岡准教授は言う。これから大型連休も本番。炭鉱遺産を回り、次世代にいかに残すかを考えるのもいいかもしれない。

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