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現代かわら版

栄えある?「イグ・ノーベル賞」受賞 「迷路を解く粘菌」って?! 中垣俊之・北大准教授ら研究 (2008/10/10)

迷路を解く粘菌。上から「迷路全体に広がった粘菌」「餌を置いた4時間後、まだ複数の経路が残る」「さらに4時間後、最短経路だけに残った粘菌」(中垣准教授提供)

受賞の記念盾を手に「全部手作りで、部品をマジックテープで外せるところがイグ・ノーベル賞らしい」と話す中垣俊之北大准教授

「粘菌が考えた」北海道の交通網(中垣准教授提供)

 日本人科学者のノーベル賞受賞が次々と伝わる中、ユーモアにあふれた研究に贈られる「もう一つのノーベル賞」イグ・ノーベル賞を受賞した北大電子科学研究所の中垣俊之准教授(45)が、ボストンでの授賞式を終え帰国した。受賞理由の「迷路を解く粘菌」とは、どんな研究なのか、中垣さんを訪ねた。(佐藤千歳)

「単細胞」だけど… 最短経路導く賢さ

 猫楠(ねこぐす) 粘菌って一体なんだ

 熊楠 粘菌は動植物ともつかぬ奇態な生物や。英国の学者なぞは宇宙からきたお方じゃないかというとる

 猫楠 へえ− なんでそんなもの観察するんだ

 熊楠 生死の現象、霊魂の研究にはもってこいの材料や…

(漫画「猫楠」より)

 中垣さんは本棚から水木しげるの「猫楠」をスッと取り出した。

 「なぜ粘菌を研究するのか−。水木さんの説明に僕はまったく同感なんです」

 「猫楠」は、粘菌研究で有名な南方熊楠(みなかたくまぐす)(1867−1941)の一生を、熊楠の飼い猫の猫楠の視点で描いた作品。

 粘菌は分類上は原生生物だが、胞子による繁殖は植物のようで、脈動しながらゆっくり動くのは動物のよう。

 性別も「雌雄ではなく五つほどある」と中垣さん。大きさは数ミリ程度で、栄養が十分なら核分裂を繰り返して畳一枚分にもなる。

 単細胞で脳も神経もなく、大きさも性別も、生物学上の分類さえも融通無碍(ゆうずうむげ)な生物。

 その粘菌が、人間でも難しい迷路のパズルを解く。これがイグ・ノーベル賞認識科学賞を受けた中垣さんらの発見だ。

 実験では、寒天の上に作った迷路全体に、小さい粘菌を三十個、等間隔で置いた。ばらばらの粘菌は脈動しながらお互いに融合し、一つにつながり、全体に広がった。

 次に迷路の端二カ所に餌を置く。八時間後、粘菌は二カ所の餌を結ぶ最短経路だけに残った。

 中垣さんは、粘菌が最短距離を見つけた仕組みをこう説明する。

 「粘菌を管として考えます。管に多量の水が流れると管はより太くなり、さらに水量が増す。逆に流れが小さくなると管は細くなり、より流れが小さくなって最後は消滅する」

 こうして迷路では粘菌が最短経路に集まった。

 「最短経路だけに管を残し、残りの粘菌が餌に集まれば、粘菌は餌を多量に早く食べられ、なおかつ粘菌同士は一体でいられる。粘菌には、生理的な欲求をうまく最適化する能力があるんです。迷路は、その力を人間にも分かるよう表現する実験でした」

効率性と安全性両立させる知恵 交通網設計などに応用も

 中垣さんにとって迷路はほんの入り口だ。

 「単細胞の粘菌はどこまで賢いのか、なぜその賢さが作り出されるのか−。粘菌を材料に、生き物の情報処理の仕組みを研究したいのです」

 こんな実験もした。

 培地に、三個以上の餌を置く。粘菌は迷路の実験のように最短距離を結ぶか?

 結果は違った。

 粘菌は、丸く、複数の経路を持つ管を作った。「最短経路だと一カ所故障したら必ず孤立する場所が出ます。だから粘菌は、一カ所が故障しても全体はつながり、なおかつ距離がなるべく短い経路を作ったのです」

 この粘菌のモデルは、交通網や上下水道といった社会基盤の設計に応用できるという。

 「粘菌は、最短距離という経済性・効率性と、安全性・対故障性という相反する原理を妥協させ、双方を適度に満たす経路を作れるのです」

 すでに中垣さんは北大の学生と、粘菌に北海道の交通網を設計させる実験も行った。

 北海道の形をした寒天の培地を用意し、札幌や旭川、函館といった主要都市の位置に餌を置き、粘菌の動きを見る。

 餌を求める粘菌が作った道と、人間が設計した国道は必ずしも重ならない。効率性と安全性を兼ね備えているのはどちらか、つい比べたくなる。

 いずれにしても中垣さんは、この過程を方程式を用いて数理モデル化することを試みている。モデル化により、いちいち粘菌と寒天を使わずとも、最適なネットワークを設計できるようになる。

 皮肉たっぷりに贈られることもあるイグ・ノーベル賞だが、中垣さんらの研究は極めて学術的なものだ。

 「今年の春、『賞をあげようと思いますがいりますか』って電子メールが来たときは、正直迷いました」

 共同受賞した六人の中には「うれしくない」という仲間もいたが、中垣さんは受けることにした。「僕はしゃれが大好きなので。とにかく授賞式に行ってみたかった」

 今月二日、ボストンのハーバード大で開かれた授賞式。

 「面白かったんです! 客席から紙飛行機がどんどん飛んできたり、余興の出し物があったり、大がかりな学芸会みたいでした。しかも余興をしたのはノーベル賞学者」

 ロダンの「考える人」が横倒しになった表彰状を手に、中垣さんが顔をほころばせた。

 猫楠 するとおめえ“研究”ということに名をかりた“学問の遊び人”だな…

 中垣さんお気に入りの「猫楠」で、粘菌をめぐる対話は猫のこのせりふで終わる。

 学問に笑いと遊びを、という心意気。迷った末に、中垣さんがイグ・ノーベル賞を受けた理由が、よく分かる気がした。


日本では「カラオケ」や「牛ふんバニラ香料」に 遊び心と独創性特徴

■イグ・ノーベル賞  「人びとを笑わせ、そして考えさせる研究」を対象に、独創的な研究を行ったり、珍しい社会的事件などを起こした個人や団体に贈られる。1991年創設。ノーベル賞のパロディー版も意識しているが、主催者にはノーベル賞受賞者もいる。

 日本人では、カラオケの発明で知られる井上大佑さんが2004年に「お互いを寛大に許し合う、まったく新しい方法を提供した」として平和賞、05年に発明家のドクター中松こと中松義郎さんが「34年間にわたり、自分の食事を撮影し、分析した」として栄養学賞、昨年は研究者の山本麻由さんが「牛ふんからバニラ香料を抽出した」として化学賞を受けた。

 ときに社会風刺を意図した授賞もあり、1996年にはシラク元仏大統領が「広島への原爆投下から50年の記念すべき年に太平洋で核実験を行った」として平和賞を受けた。

 賞金はなく、授賞式に出席しない受賞者もいる。

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