どうしんウェブ 北海道新聞

観光企画特集=北海道ゆかりの偉人の足跡をたどる春旅

(3)「男爵イモ」を世に送り出した川田龍吉の秘められた思い

龍吉が開発したジャガイモは「よく育つ」と評判を呼び、爵位を持つ竜吉にちなんで「男爵イモ」と名づけた

「男爵資料館」にはレストランも併設しており、ポテトグラタン(1,100円)やじゃがいもスープセット(1,300円)などが人気

龍吉がクリスチャンとしての洗礼を受けた「トラピスト修道院」。牧歌的な美しい風景が広がる

結ばれなかった悲恋が
「男爵イモ」誕生の秘話

 川田龍吉は1856年(安政3年)、土佐藩士で後に日銀総裁となる川田小一郎の長男として誕生。22歳の時、英国スコットランドへ留学し、グラスゴー大学で機械工学、ロブニッソ造船所で舶用機関術を学ぶ。留学中に龍吉はジェニーという少女と恋に落ち結婚まで望んだが、父親の猛反対にあい、その恋は実ることなく帰国する。帰国後は日本人の女性と結婚し、父の男爵位を継ぐが、ジェニーのことは生涯忘れられなかったようだ。
 
 1906年(明治39年)、日露戦争後の不況に陥っている函館ドック再建を依頼され、龍吉は北海道の地を踏む。再建事業が軌道に乗ると、龍吉は後事を弟の豊吉に託し、上磯郡茂別村当別の山林を購入し開墾にとりかかった。北海道のジャガイモ栽培が病虫害に悩まされているという話を聞いた龍吉は、北米から病虫害に強いアイリッシュコブラーという品種を取り寄せ、4年間かけて改良したのが「男爵イモ」だ。ちなみに、龍吉は、かつてジェニーとデートした時によくアツアツのジャガイモを食べていたという。「男爵イモ」の味は龍吉にとってジェニーとの青春の味だったのかもしれない。
 
 その後も龍吉は、アメリカから最新式の農機具を多数輸入し機械化による農業を試みるなど、余生を北海道農業近代化のためにささげ、龍吉の農場は北海道農業の近代化に大いに貢献したのである。龍吉は上磯町当別で95歳の生涯を終えるが、彼の死後金庫から90通にも渡るジェニーからのラブレターが発見された。


<川田龍吉ゆかりの観光スポット(1)>
男爵資料館

 龍吉の農場跡地を利用した資料館。館内にはハイカラだった龍吉が明治から大正時代に欧米から取り寄せた、トラクターなど当時としては珍しい品々を約5000点展示。中でも日本初のオーナードライバーだった龍吉が運転していた1901年製のロコモビル蒸気自動車は非常に貴重な品だ。またジェニーから受け取ったラブレターが入っていた金庫も展示されている。

【住所】北斗市当別4丁目3-1
【電話】0138-75-2894
【見学期間】3月〜11月
【定休日】見学期間中は無休
【URL】http://www15.plala.or.jp/dansyakuimo/
【入場料金】大人500円 小人(小中学生)・70歳以上300円


<川田龍吉ゆかりの観光スポット(2)>
トラピスト修道院

 留学していた龍吉はジェニーに教会へ誘われるが、天皇への忠誠から断ったという。しかし、92歳の時、龍吉はトラピスト修道院でカトリックの洗礼を受け、敷地内に彼が眠る墓もある。周辺の緑と調和した赤レンガの建物は、彼の生きていた時代と変わらず静寂なたたずまいをみせ、訪れる人々の心を和らげている。

【住所】北斗市三ツ石392
【電話】0138-75-2139

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