どうしんウェブ 北海道新聞

観光企画特集=北海道ゆかりの偉人の足跡をたどる春旅

(2)十勝開拓の祖、依田勉三と「晩成社」のフロンティアスピリットを知る

十勝開拓に生涯を捧げた依田勉三。映画「新しい風」で彼の生涯が描かれている

大樹町晩成にある旧依田勉三住居(復元)。家の中は、居間、土間、風呂場、物置に分かれている

昨年の12月にリニューアルオープンした六花亭本店。2階は喫茶室

十勝開拓は困難の連続
時期尚早だった勉三の計画

 依田勉三は「晩成社」を創立して帯広に入植、困難の連続にも負けず十勝一帯を開拓したパイオニア的な存在だ。勉三は、1853年(嘉永6年)に現在の静岡県賀茂郡松崎町で甲州武田氏の流れを汲む豪農の三男として誕生。19歳の時に、ケプロンの考えに感銘を受け、「北海道の開拓事業で国家に役立てば、自分のごとき天下の無用者も有用の者に生まれ変わることができる」と語ったという。1882年(明治15年)に「晩成社」を創立。翌年には移民団27人を引き連れて下帯広村へ入植した。
 
 新天地は、予想をはるかに越えて過酷な試練を勉三と「晩成社」に突きつけた。先住のアイヌ民族とのトラブル、イナゴやネズミの襲来、さらには洪水、早霜などの度重なる不運に見舞われる。また、「晩成社」は屯田兵とは異なり、移住、開墾に必要な経費を社から借り、社の仕事の賃金と収穫品の販売代金で借金の返済と蓄えにまわすというシステムだったため、移民たちの暮らしは、楽になるどころか借金が膨らむ一方だった。再起をかけて、勉三は1886年(明治19年)、当緑村生花苗(現大樹町生花晩成地区)で弟文三郎と晩成社当緑牧場を開設。牧畜、バター、練乳などの酪農製品工場を開設、北海道での水稲栽培など新しいことにチャレンジするが、彼のプランはなかなか軌道に乗らなかった。
 
 ただし、勉三の功績は未来へ向かって花開くこととなり、十勝農業近代化への突破口となったのは事実である。1925年(大正14年)、勉三は「晩成社には、もうほとんど何も残っておらん。・・・しかし、・・・十勝野は」という最期の言葉を残し、波乱に満ちた72歳の生涯を閉じた。


<依田勉三ゆかりの観光スポット(1)>
依田勉三の史跡

 勉三が1893年(明治26年)から1915年(大正4年)まで住んでいた住居を復元したもの。勉三は時間に厳しく、なるべく自らも農業に精魂を傾けるように時間を作ったという。また、人の家に訪問する際に「今晩7時に遊びに行く、お酒2合とおかず一品をこしらえておいてくれ。他は作るな、作っても食べない」と使いに伝言するほど、粗食を徹底したというエピソードがある。

【住所】広尾郡大樹町晩成
【電話】01558-6-2111(大樹町教育委員会社会教育課)
【見学期間】5月〜11月
【定休日】見学期間中は無休
【URL】http://www.town.taiki.hokkaido.jp/


<依田勉三ゆかりの観光スポット(2)>
六花亭(マルセイバターサンド)

 帯広銘菓として全国的にも有名な六花亭の「マルセイバターサンド」。このネーミングと包装紙のデザインは、勉三が十勝で最初に作ったバター「マルセイバタ」を復刻したもの。また、人気商品「ひとつ鍋」も勉三の「開墾のはじめは豚とひとつ鍋」という句をイメージしたもの。勉三の苦労は、六花亭のお菓子によって現代に花開いたといえるかもしれない。

【住所】帯広市西2条南9-6
【電話】0120-012-666
【営業時間】9:00〜20:00(喫茶室10:30〜18:30)
【定休日】無休
【URL】http://www.rokkatei.co.jp

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