憩(かい)への手紙 ママはがんと闘う
1.【選択】 宿した命 あきらめず (2008/04/16)
三月末、札幌・北大病院。二階にある腫瘍(しゅよう)内科の診察室には、窓から春のやわらかな日が差し込んでいた。
「また一ミリ大きくなりました」。医師は、左肺のエックス線画像に映る二つの影を示して言った。二一ミリと一八ミリ。影は右肺にも一つある。がん細胞はゆっくりではあるが、確実に成長していた。 「あっそうですか」。札幌市の看護師鎌田茜(あかね)さん(28)の反応はまるで、かぜの症状を聞かされたかのようにそっけない。ただ、心の中ではこうつぶやいていた。 <一ミリでラッキー。私にはまだ時間がある> 二年前、茜さんは「命の選択」を迫られていた。 二○○六年六月、左あごの下に「がん肉腫」が見つかり、手術をした。がんと肉腫が同時に存在する、がん患者の四十万人に一人というまれな病気だ。 しかし、医師は肉腫のあまりの大きさに一部を残し、手術を終えざるを得なかった。茜さんのおなかに、十六週目に入った胎児が宿っていたからだ。 「今回は子どもをあきらめ、再手術しましょう。手術しなければ、茜さんが生きて出産日を迎える保証はできません」。医師は、中学教員の夫、守さん(28)ら家族に言った。 その日のことを、茜さんは、こう日記に記している。 <すすり泣く母の声と、涙を湛(たた)える旦那(だんな)の顔。父の「茜だけは助かってほしい」という言葉を無情に感じました。がんはそれほどショックじゃない。命の選択を迫られていることが一番つらい。父が私を助けたいと思う気持ちを、私はおなかの子に抱いている。だから、産ませてくださいと言いました> 「憩(かい)」と名付けた男の子は、この四月で一歳五カ月になった。 「マーマ、マーマ」と手を伸ばし、茜さんが扉を開ければ閉め、食器をしまうと出す、いたずらっ子。家事ははかどらないが、茜さんはそこに成長を感じて、うれしくなる。 「命の選択」から五カ月後に出産、直後にがんを再手術した。 しかし、がんは肺に転移していた。昨年末、医者に「余命は三カ月から六カ月ですか」と尋ねると、その可能性を否定しなかった。 茜さんが二年前からつづってきた闘病日記は製本され、二冊の本になった。いまも書き続ける。子供への愛や、がんと闘う母親の姿を「大人になった未来の憩に伝えたい」と思うからだ。 厚生労働省によると年間六十万人近い人が新たにがんと診断され、病魔と闘っている。末期がんを患う鎌田茜さんとその家族らの姿を通し、いのちの尊さ、がんと生きる人々の「いま」を見つめる。 |
憩(かい)への手紙 ママはがんと闘う コンテンツ一覧
- 1.【選択】 宿した命 あきらめず(2008/04/16)
- 2.【闘病】 復職、患者に寄り添う(2008/04/17)
- 3.【夫婦】 思いやり きずな強く(2008/04/18)
- 4.【出産】 子を思い痛みに耐え(2008/04/19)
- 5.【心】 「戻ってきた」名に刻む(2008/04/21)
- 6.【出会い】 不安や元気 分け合う(2008/04/22)
- 7.【夢】 心のケアに携わりたい(2008/04/23)
- 第2回連載「憩(かい)への手紙 それから 2009/616〜6/18」はこちらから(2010/03/16)
- 第3回連載「憩(かい)への手紙 1年後のメッセージ 2010/316〜3/18」はこちらから(2010/03/23)



