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農業・阿部義一さん 「おぼろづき」を育てて <私のなかの歴史>

1.コメ日本一 「冷めてもおいしい」実現 (2009/07/21)

桜井道夫美唄市長(右)に金賞受賞を報告する私

 美唄市茶志内で祖父の代から続く農家に生まれ、50年以上も農業で生きてきました。うまいコメを作って消費者に届けることが生産者の義務であり、その信念を貫いた結果が「おぼろづき」です。

 後継者の長男、頼義(47)と栽培したおぼろづきが2006年に、全国のコメ農家が自慢のコメを出品する第8回全国米・食味分析鑑定コンクールで最高賞の金賞に輝き、日本一のお墨付きをもらったことで道産米の評価を大きく変えたと思います。

 農業に携わって間もなかったころ、母が言いました。

 「日本人の主食はおコメなんだよ。おいしいおコメを作っていたら絶対に消費者はついてきてくれる」

 その言葉を信じて、これまで農業と向き合ってきたんです。

 おぼろづきを知っていますか?

 独立行政法人・北海道農業研究センター(札幌)が1995年から8年かけて育成、開発した新品種です。センターは開発後も一部の生産者に試験栽培を依頼しており、私は当時の担当者と親交があった縁で、03年に栽培を頼まれました。長年こだわってきた独自の土壌改良などの手法も評価されたのでしょう。

 おぼろづきの特長は冷害に強く、アミロース(でんぷん)の含有率が低いので粘りが出ておいしい。つまり、道内での栽培に適していて、粘りが強いために冷めてもうまい。

 コメは実る時期の気温が低いとアミロースの割合が高くなるので、道産米は本州米と比べて粘りが弱いといわれてきました。道産米の評価が低かった理由のひとつです。

 栽培を依頼された03年は冷夏でしたが、38アールを作付けして10アール当たり500キロ実りました。全道平均が385キロでしたから、収量は予想を上回り抜群に良かった。さらに、食味の良さにも驚きました。

 自分の水田で収穫したコメはつやがあり、かむと適度な弾力で甘さが口の中に広がるんです。これまでの銘柄とは明らかに違う。「道産米の未来を変えることができる」と確信しました。

 翌04年には作付面積を一気に7ヘクタールにして本格的な生産に取り組み、05年からは17ヘクタールまで拡大しました。

 ただ、04年の発売当初は銘柄米の指定を受けていなかったため、「おぼろづき」と名乗ることができませんでした。「話題の…お米」となんとも変わったネーミングでね。それでも、市内のAコープでは5キロ入りが2日間で約800袋と飛ぶように売れたんです。

 おぼろづきの名前を飛躍的に浸透させたのが、06年のコンクールでした。全国から出品された1782のコメの中から、「お米のソムリエ」と呼ばれる米・食味鑑定士や料理研究家が自分のコメを選んでくれた。金賞受賞の知らせを聞いたときは、本当に心からうれしかった。

 おぼろづきの生産から販売まで、さまざまなあつれきもありました。しかし、自分のやってきたことは間違っていなかった。コンクールで日本一が証明されたのだから、そう言っても過言ではないでしょう。

 おぼろづきとの出会いは、農業者として人生の集大成となりました。

 さて、私の幼少時代からの話をしましょうか。

(聞き手・米山貴志)

<略歴>
 あべ・ぎいち 1936年(昭和11年)、美唄市茶志内生まれ。美唄工業高定時制機械科を3年で中退。63年に父親が急死し、手伝っていたコメ農家を引き継いだ。69年に米国農業の海外視察に参加し、水稲栽培技術を学ぶ。2006年11月に福井県で開かれた第8回全国米・食味分析鑑定コンクールで、道産米で初めて最高賞の金賞を受賞した。07年に市議に初当選。市内で妻と長男夫婦、3人の孫と7人暮らし。73歳。

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