鳩山語録
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1986年の衆参同日選挙で当時の北海道4区で衆院議員に初当選した鳩山由紀夫首相。その政治家としての発言をたどってみた。 | |
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「世界一の幸せ者」 「私がボケ、菅さんがツッコミ」 「私は宇宙人」 「私は世襲ではない」 | ||
| <写真は衆院北海道4区(当時)からの出馬を正式表明する鳩山氏。引退した三枝三郎氏(右)の地盤を引き継いだ=1984年5月撮影> | ||
| 1986年 | 7月 |
(初当選を決め) 初めての経験で、最後までどうなるか分かりませんでした。私は世界一の幸せ者です。 (初登院で、道外からの移入議員との批判を意識して) ふるさと北海道の景気回復のために命を張る。 |
| 1993年 | 6月 |
(自民党離党、新党さきがけ結成で) 裏切ったと言う人もいるだろうが、選挙のために政治家になったのではない。国民も利権屋政治への決別を選び始めたのではないか。 |
8月 |
(細川連立内閣で官房副長官に就任し) ガラス細工と言われる細川内閣だが、そのガラスの芸術を強化するために努力する。 |
| 1996年 | 9月 |
(菅直人氏と旧・民主党を結成して) 私がボケ、菅さんがツッコミで漫才が成立する。 |
| 1999年 | 8月 |
(民主党代表選出馬の記者会見) 友愛とチャレンジ、社会正義と革新、という思いで出馬した。 |
12月 |
(当時の小沢一郎自由党首が保守新党構想を打ち出したことに対し) 民主党の一部も取り込んでと言うが、季節外れの新党構想には誰も目を向けない。小沢一郎氏は政治家として終えんを迎えている。 |
| 2001年 | 7月 |
(参院選で小泉純一郎首相に対抗して) 私は最近宇宙人と呼ばれている。今回の参院選は宇宙人と変人の一騎打ちとみてもらって結構だ。 |
11月 |
(党首討論で) 小泉純一郎首相、あなたの覚悟をうかがいに来た。本当に国民のためになるなら、与野党の垣根を越えて応援したい。 |
| 2002年 | 11月 | 自由党、社民党、無所属の会に呼びかけ、より一層強固な野党体制をつくらないといけない。臨時国会末までに出処進退を明確にしたい。 | 12月 |
(党内の内紛による代表辞任を表明して) いろいろな思いがあると思うが、その責めは私が負う。 |
| 2006年 | 2月 |
(いわゆる偽メール問題で党幹事長として) メールの信ぴょう性を立証できなかった。納得していただけるような身の処し方を考えたい。 |
4月 |
(小沢一郎新代表のもと幹事長に再任され) 小沢体制を力強く発進させるためにお役に立てればと思う。 |
| 2009年 | 5月 |
(小沢氏の後任代表に選出され) 必ず政権交代を果たさなければならない。この国をどのようにけん引するか、たくましさを国民に見てほしい。私は親類縁者が一人もいない新天地を政治家のスタートラインとした。世襲には入らない。 |
| 7月 |
(自らの献金疑惑について) 国民に深くおわび申し上げる。説明責任を果たす中で責務を果たしたい。秘書とはいえ、誰がみても信じられないことをやってしまった。 |
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| 8月 |
(党首討論会や記者会見で) コメをはじめとする重要作物に対して、関税が引き下げられてはたまらないという農家の思いも強くある。よりわかりやすく直していくことが必要だ。 (インド洋での海上自衛隊の給油活動は)単純に延長にはならない。 (永住外国人への地方参政権付与は)賛否両論あり意見集約の最中だが、将来を考え、もっと前向きになるべき時が来ている。 |



