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釧路港と牛乳 深〜いつながり学んだよ/通信員だより/ニュースなるほど! (2011/08/27)

港湾業務艇「たんちょう」で釧路港内を見学する通信員。早川所長(右)が「これがバルク船だよ」と教えてくれました

「釧路はトウモロコシを運び出すアメリカのニューオーリンズから、日本で一番近い港なんだ」と早川所長が地球儀(ちきゅうぎ)で説明しました

アメリカから運ばれたトウモロコシを保管するサイロ。一つのサイロに千トンのトウモロコシが入るんだって

 みんな牛乳(ぎゅうにゅう)は好きかな? 酪農(らくのう)が盛(さか)んな北海道(ほっかいどう)では毎日たくさんの牛乳が生産されています。その牛乳を全国各地の学校や家庭に届(とど)けたり、牛のえさを外国から運んだりするために釧路港(くしろこう)が大切な役割(やくわり)を果たしているんだ。釧路市に住むフムフム通信員3人が、釧路港と牛乳のつながりを取材しました。《文・柳沢郷介(やなぎさわきょうすけ)、写真・小野弘貴(おのひろき)》

牛のえさ外国から届く

 取材したのは、佐藤琴音(さとうことね)さん(12)=釧路・清明(せいめい)小6年、和田康司(わだこうじ)君(11)=釧路・鳥取西(とっとりにし)小5年、相沢雪乃(あいざわゆきの)さん(9)=釧路・城山(しろやま)小4年の3人。釧路港を整備(せいび)する仕事をしている釧路開発建設部釧路港湾事務所(くしろかいはつけんせつぶくしろこうわんじむしょ)で早川哲也所長(はやかわてつやしょちょう)(39)に話を聞きました。

 「今日はみんなに『バルク』という言葉を覚えてほしいんだ」。聞き慣(な)れない言葉(ことば)だけど、トウモロコシや小麦などの穀物類(こくもつるい)や石炭などは、コンテナなどにつめるのに適(てき)さず、バラバラのまま船に積みます。そのバラバラの状態の荷物をバルク、荷物をのせた船をバルク船と呼(よ)びます。

 続いて「牛は何を食べるか知ってる?」と早川所長が質問(しつもん)します。和田君は「トウモロコシ」と答えました。釧路港にはアメリカからバラバラの状態(じょうたい)で船に積み込(こ)まれたトウモロコシが到着(とうちゃく)し、牛を飼(か)っている牧場に届けられます。トウモロコシを食べた牛からしぼった牛乳は釧路港から船で本州へ運ばれます。

 国は5月に釧路港を「国際(こくさい)バルク戦略(せんりゃく)港湾(こうわん)」という港に決めました。これから10年ぐらいかけて、釧路港にもっと大きな船が泊まれるようにするため、海の底(そこ)をほるなどの工事をします。「船が大きくなれば、牛のえさになるトウモロコシをたくさん運べるね」。釧路港と牛乳のつながりが少し分かってきました。

 港湾事務所の近くから3人は港湾業務艇(こうわんぎょうむてい)「たんちょう」に乗って、釧路港内の見学に出発。しばらくして「うわー大きい」と、相沢さんが歓声(かんせい)を上げました。さきほど勉強したトウモロコシをアメリカから運んできたバルク船です。全長225メートル、重さ3万7872トン。一度に3万4571トンのトウモロコシを運ぶことができます。釧路港には毎年、約80万トンのトウモロコシがアメリカなどの外国から運び込まれています。

冷えたまま全国各地に

 牛乳を運ぶ「ほくれん丸」も見えてきました。牛乳を冷えたまま運ぶ「ミルクタンク」が付いたトレーラーが次々と船の中に入っていきます。釧路港から20時間かけて茨城県日立港(いばらきけんひたちこう)に向かい、おいしい北海道の牛乳を届けるのです。毎年、約1億5千万リットルが本州へ運び出されています。

 佐藤さんは「思っていた以上に釧路港が広くてびっくり」と目を輝(かがや)かせていました。

 次に向かったのは、釧路港に到着したトウモロコシを保管(ほかん)する場所「サイロ」です。釧路サイロの松田和宏(まつだかずひろ)さん(40)に案内してもらい、高さ35メートルあるサイロの上に登ると、目の前に船から見たバルク船が泊まっています。

 松田さんは「アンローダーという機械で船のトウモロコシをベルトコンベヤーにのせ、自動的にサイロの中に入るんだ」と教えてくれました。保管されているトウモロコシは必要な分だけトラックで牧場に運ばれるそうです。

 港湾事務所にもどった3人に早川所長はたずねました。「北海道の酪農を釧路港が支えていることを分かってもらえたかな」。3人とも大きくうなずきました。



<通信員リポート>楽しかった「おとまり会」

江州七穂(ごうしゅうななほ)《江別(えべつ)市・いずみ野(の)小6年》

 7月22日の終業式の日、学校に一晩(ひとばん)とまる「おとまり会」がありました。

 夜ごはんはカレーライスを班(はん)ごとに作りました。私(わたし)は、ニンジンやタマネギを切ったのですが、慣(な)れていなくて大変でした。校長先生がアイスを持ってきてくれたのでみんなで食べました。とてもおいしかったです。

 後片付(かたづ)けの後、2階の広場で修学(しゅうがく)旅行の様子を映したDVDを見たり、先生のギターの演奏を観賞したりしました。先生のギターはとても上手で、特にアイドルグループ「嵐(あらし)」の曲が良かったです。

 その後も校内をまわるきも試しや花火をしてクラスのみんなで楽しみました。

 来年で卒業ですが、たくさん思い出ができてうれしかったです。



<ニュースなるほど!>義足の選手 初めて世界選手権に出場

 両あしに義足(ぎそく)をつけた南アフリカのオスカー・ピストリウス選手(24)が、韓国(かんこく)で27日始まった陸上の世界選手権(せかいせんしゅけん)に出場します。義足の選手が世界選手権に出るのは初めてです。

 ピストリウス選手は生まれつきの体の障害のため1歳になる前にひざから下を切りました。しかしスポーツマンで、高校時代はラグビーにも挑戦(ちょうせん)しました。

 障害者スポーツの国際(こくさい)大会、パラリンピックでは有名な選手でした。2008年の北京パラリンピックでは陸上男子100メートル、200メートル、400メートルの3種目で優勝(ゆうしょう)しました。来年のロンドン五輪出場も夢(ゆめ)見ながら、今回は400メートルと1600メートルリレーに出ます。

 ピストリウス選手の義足はバネのように曲がるカーボン繊維(せんい)でできていて、特別なスピードを生んでいると言う人もいます。スポーツは公平な条件(じょうけん)で競うべきだと考える国際陸上競技連盟(きょうぎれんめい)は、ピストリウス選手が障害のない選手と同じ大会に出ることをみとめませんでした。しかしトラブルを解決(かいけつ)する国際スポーツ仲裁裁判所(ちゅうさいさいばんしょ)が08年に「義足がほかの選手より有利とは言えない」と、出場をみとめる結論(けつろん)を出しました。

 ただ、それだけでは世界選手権に出られません。ピストリウス選手は今年7月に参加標準(ひょうじゅん)記録(45秒25)を破(やぶ)る45秒07を出し、ようやく南アフリカの代表に選ばれました。日本選手権で7連勝している金丸祐三(かねまるゆうぞう)選手よりもいい記録です。

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