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伝統と革新がぼくらの持ち味 津軽三味線奏者 吉田兄弟(よしだきょうだい) はい!質問 (2011/08/06)

「これからも新しいことに挑戦していきたい」と話す吉田兄弟の兄の良一郎さん(左)と弟の健一さん

コンサートで熱のこもった演奏をする吉田兄弟=2009年4月、東京

 登別(のぼりべつ)市出身で、津軽三味線(つがるじゃみせん)の演奏(えんそう)で知られる「吉田兄弟(よしだきょうだい)」の2人。兄の良一郎(りょういちろう)さん(34)、弟の健一(けんいち)さん(31)は、伝統的な演奏だけでなく、ポップスやダンス音楽との共演など、新たな挑戦(ちょうせん)を続けています。北海道(ほっかいどう)で生まれ育ったことが発想の基(もと)になっているそうです。《聞き手・安藤徹(あんどうとおる)》

失敗おそれずに挑戦を

 −−津軽三味線は、どんな特徴(とくちょう)がありますか。

 健一さん「ふつうの三味線(しゃみせん)とのちがいは、ひくだけでなく、ばちでげんをたたく動作があることです。それによって迫力(はくりょく)ある演奏ができます。世界的にもそんな楽器はほかにないと思います」

 −−三味線を始めたきっかけは。

 良一郎さん「5歳(さい)のとき、津軽三味線が大好きだった父にすすめられて、登別の先生に教わり始めました。その時はふつうの三味線でした。弟も後から始めました」

 −−最初から好きだったのですか。

 良一郎さん「最初は、三味線が日本の伝統的な楽器であることも知りませんでした。小学生になってお祭りやイベントで演奏するようになりましたが、友達から古くさい、と言われたりするのがいやで、やめたかったです」

 −−なぜ続けることになったのですか。

 良一郎さん「ぼくが小学校6年の時、父に札幌(さっぽろ)の津軽三味線の師匠(ししょう)のところに連れて行かれました。その師匠の演奏がすごい迫力で、かっこよさに感動したのです。その時期が一番やめたかったのですが、かっこよく演奏したいと思うようになったのです」

 −−現代的な編曲(へんきょく)やさまざまなジャンルの音楽との共演で有名ですが、そのアイデアはどこから生まれたのですか。

 健一さん「まだデビューする前、ぼくが18歳の時、自分の音楽の形を探(さが)していたのですが、札幌のスペインの太鼓(たいこ)の演奏家と会い、いっしょに演奏したのがきっかけです。お客さんの反応(はんのう)がすごくよかったのです」

 良一郎さん「北海道では、格式(かくしき)にとらわれず、自由に演奏できました。そのおかげで今も自由な発想で新しいことに挑戦できるのです」

 −−今後はどのようなことに挑戦しますか。

 良一郎さん「すでに始めていますが、こととの合奏など、今までなかった演奏活動をしてゆきます。伝統(でんとう)と革新(かくしん)がぼくらの持ち味です」

 健一さん「世界ツアーをしたいです。もっと津軽三味線のすばらしさを世界の人に知ってほしい」

 −−子供たちにメッセージを。

 良一郎さん、健一さん「ぼくたちは新しいことに挑戦するときは、たくさん失敗してきました。でも、失敗をおそれては何も生まれません。失敗をおそれず、新しいことにどんどん挑戦してほしいと思います」

<略歴(りゃくれき)>
 ともに登別市出身。良一郎さんは1977年生まれ。健一さんは79年生まれ。それぞれ5歳(さい)で三味線を習い始める。99年、アルバム「いぶき」で大手レコード会社からデビュー。2001年、第15回日本ゴールドディスク大賞の純邦楽(じゅんほうがく)アルバム・オブ・ザ・イヤーを受賞。03年、アルバム「Yoshida Brothers(ヨシダブラザース)」で全米デビュー。アメリカ、ヨーロッパ、アジアなど世界各地でも演奏活動を展開。07年には日本のロックバンド「Monkey Majik(モンキーマジック)」と共同制作(せいさく)したシングル「Change(チェンジ)」を発売。09年には歌とダンスのグループ「EXILE(エグザイル)」のライブに参加するなど、はば広く活躍(かつやく)している。



<通信員だより>竹とんぼ作りカヌーも体験

 和田康司(わだこうじ)《釧路(くしろ)市・鳥取西(とっとりにし)小5年》

 ぼくは、7月7日と8日に学校の宿泊研修(しゅくはくけんしゅう)で釧路(くしろ)管内厚岸(あっけし)町に行きました。

 研修する場所に着いてから、竹とんぼ作りをしました。ナイフで木をけずるところからやったので、少しつかれたけど、ちゃんと飛んだのでうれしかったです。

 午後からは、川でカヌーに乗りました。まず、オールの持ち方を教えてもらって少し練習しました。次に、クラスの友達と3人で、カヌーに乗りました。一生懸命(いっしょうけんめい)こいでもあまり進みませんでした。3人の息を合わさなければならないのがとてもむずかしかったけど、初めてカヌーに乗れたので楽しかったです。

 次の日には木で名札を作ったりしました。いろいろな経験(けいけん)ができて、とても楽しい思い出になりました。



<ニュースなるほど!>アナログ放送終了 あまった電波「携帯」にわり当て

 東日本大震災(だいしんさい)で被害(ひがい)が大きかった岩手(いわて)、宮城(みやぎ)、福島(ふくしま)の3県をのぞく44都道府県で、7月24日に地上アナログ放送が終わり、地上波のテレビ放送は、地上デジタル放送(地デジ)だけになりました。

 日本でテレビ放送が始まったのは58年前の1953年。ずっとアナログ放送だけでしたが、2003年に東京などで地デジが始まり、全国に広がりました。今回アナログ放送が終わり、地デジに完全にうつったことは、日本のテレビの歩みで大きなできごとです。

 なぜアナログをやめデジタルだけにするのでしょうか。テレビ用の電波を少なくして、あいた電波を別の目的に使うためと、番組を今までよりも見やすく、便利にするという二つの理由からです。

 映像(えいぞう)や音声の情報(じょうほう)をデジタルにすると、コンピューターであつかえるようになり、同じ番組でも電波に乗せる情報を小さくつめこむことができます。このため、テレビに使う電波をこれまでのおよそ3分の2にへらせます。あまった電波は、使う人がふえた携帯(けいたい)電話用などにわり当てます。

 デジタルにすると、くっきりとした映像を楽しめます。雑音(ざつおん)も入らなくなり、音もよく聞こえます。映像といっしょにニュースや天気予報(よほう)を見たり、何日も先の番組表をよびだしたりすることもできます。

 岩手、宮城、福島の各県も来年3月末にはアナログ放送が止まります。

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