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ぐるり見て感激 鈴木先生、ノーベル賞への道 むかわの記念ギャラリーを見学/通信員だより/ニュースなるほど! (2011/05/21)

ノーベル賞のメダルと鈴木さんの色紙の前で通信員(右)に説明する高橋さん

ギャラリー入り口には鈴木さんの銅像があり、周りを囲むように鈴木さんの半生がしょうかいされています

 北海道で初めてノーベル賞を受賞した人を知っているかな? 昨年10月、ノーベル化学賞に決まった北海道大学名誉教授(めいよきょうじゅ)の鈴木章(すずきあきら)さん(80)です。鈴木さんのふるさとは、人口約1万人の胆振(いぶり)管内むかわ町。そこに4月29日、オープンした「鈴木章記念ギャラリー」を、通信員といっしょに見学してきました。《文、写真・小林健太郎(こばやしけんたろう)》

写真や文章 ずらり50点

 見学したのは、苫小牧(とまこまい)市立泉野(いずみの)小4年の長野有生(ながのゆい)さん(9)。同ギャラリーがある「四季(しき)の館(やかた)」支配人(しはいにん)の高橋仁人(たかはしよしひと)さん(63)の案内で中に入ると、鈴木さんの大きな銅像(どうぞう)が目の前にありました。

 周りのかべをぐるりと見ると、鈴木さんがむかわ町で過(す)ごした小学生時代からノーベル賞をもらうまでが分かるように、50点ほどの写真や文章がずらりと並(なら)んでいます。

 長野さんが興味(きょうみ)を持ったのは、鈴木さんが通学していた昔の小学校「鵡川(むかわ)国民学校」の模型(もけい)です。木で本物のように作られ、横には卒業した苫小牧東高校の前で写した写真があります。いまではなかなか見られない木の古い校舎(こうしゃ)を見て、長野さんは「鈴木さんの勉強は、ここからスタートしたんだ」と感激(かんげき)した様子でした。

 続いては、北大からスタートした研究生活のコーナー。ここでは、ノーベル賞を受けた研究の「クロスカップリング」がどうやって生まれたかが分かります。「テキストブック・オブ・オーガニック・ケミストリー」という外国の化学の本は33回も読んだんだって。いろんな本を読むことで、鈴木さんは化学の面白さを感じ、研究を深めていったそうです。

 写真は、先生として学生に教えるまじめな姿(すがた)のほかにも、北大の芝生(しばふ)で学生と楽しそうにジンギスカンを食べる様子もあります。

 となりのガラスケースの中には、なぜか薬が3種類並んでいました。実は、鈴木さんが研究したクロスカップリングがないと作れないものです。これは簡単(かんたん)に言うと、形のちがう二つの物質(ぶっしつ)をうまくくっつけて新しい物質をつくる技術(ぎじゅつ)のこと。このおかげで、わたしたちがいつも使っているものができるんですね。

 将来(しょうらい)、化学者になって人の役に立つことを研究したいという長野さん。「クロスカップリングって、こんなにいろんなところで使われているんだ」とびっくりしていました。

「あきらめないことが大事」実感

 ギャラリーの最後には「鵡川の流れのように世界へ! 精進(しょうじん)努力」と書かれた鈴木さんの色紙がありました。「精進努力とは、あきらめず努力を続けるという意味ですよ」と高橋さんは教えてくれました。さらに、オープンの日にギャラリーに来た鈴木さんが話した、ノーベル賞を受賞するために努力した三つのこともしょうかいしてくれました。

 それは「何でも興味を持つ」「努力をし続ける」「絶対(ぜったい)にあきらめない」−という気持ちです。

 長野さんは「北海道の小さなまちからノーベル賞をもらう人が出たのは本当にすごい。興味を持ってあきらめないことが大事なんだと分かりました」と話し、鈴木先生のような化学者を目指したいと目をかがやかせていました。



<通信員だより>最後のキュウリ作り手伝う

小西渓太(こにしけいた)《岩見沢(いわみざわ)市・志文(しぶん)小5年》

 ぼくの祖父(そふ)は深川(ふかがわ)市のキュウリ農家ですが、今年でやめてしまいます。そこで、ぼくは春休みやゴールデンウイークに農作業を手伝いに行きました。

 種まきは、キュウリの種だけではなく、同時にカボチャの種もまきました。病気に弱いキュウリのくきを、病気に強いカボチャのくきにつなぎ、キュウリを丈夫(じょうぶ)に育てる「接(つ)ぎ木」と呼(よ)ばれる作業をするためです。種は一つぶ一つぶまくので、大変でした。

 定植(なえ植え)では、なえ入りのポットを肥料(ひりょう)の入った水槽(すいそう)に棒(ぼう)でしずめました。単純(たんじゅん)ですが、葉を傷(いた)めないようにていねいに作業しました。祖父のおいしいキュウリが来年から食べられなくなるのは残念ですが、今年はたくさん手伝いに行きたいです。



<ニュースなるほど!>ビンラディン容疑者殺害 喜ぶアメリカ、やり方に疑問も

 世界各地で活動するテロ組織(そしき)「アルカイダ」のリーダー、ウサマ・ビンラディン容疑者(ようぎしゃ)を、特別な訓練を受けたアメリカ軍の部隊が南アジアのパキスタンで殺害しました。テロとは、暴力(ぼうりょく)や破壊行為(はかいこうい)で人をおそれさせ自分たちの言い分を通そうとすることです。

 ビンラディン容疑者は2001年9月11日、大都市ニューヨークで超高層(ちょうこうそう)ビルに飛行機がつっこんだことなどで日本人24人をふくむ約3千人が死んだ「9・11」、アメリカ同時テロを指示(しじ)したとされましたが、どこにいるのかずっとわからず、今回の殺害は世界をおどろかせました。

 アメリカのオバマ大統領(だいとうりょう)は「正義(せいぎ)が実行された」と胸(むね)をはり、殺害の発表直後には、アメリカ各地で夜中だったにもかかわらず、大ぜいの人が街に出て喜び合いました。しかし、外国で軍をひそかに動かして容疑者を殺してしまうやり方には、疑問(ぎもん)も出ています。

 アルカイダは、ビンラディン容疑者が1980年代後半にアフガニスタンでつくりました。

 9・11テロは、その後の世界の動きに大きな影響(えいきょう)を与(あた)えました。アメリカはイギリスなどと協力し、テロ直後の01年10月からアフガニスタンを攻撃(こうげき)。その1年半後には、アルカイダに関係しているとしてイラクとの戦争も始めました。

 ビンラディン容疑者が殺害されてもテロがなくなるわけではなく、仕返しのテロも心配されています。

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