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自分のプレーで北海道元気に プロサッカー選手 古田寛幸(ふるた・ひろゆき)さん(19) はい!質問 (2011/05/07)

直筆メッセージ

 サッカーJリーグ2部(J2)のコンサドーレ札幌(さっぽろ)で、エース候補(こうほ)としてサポーターの期待を集めるMF古田寛幸(ふるたひろゆき)選手(19)。札幌出身でコンサドーレユースに進み、15歳(さい)から年齢別(ねんれいべつ)の日本代表として毎年のように世界各地で試合をし、17歳で高校生としてトップチームの試合にも出場しました。するどいドリブルで敵陣(てきじん)を切りさいてゴールも決める若武者(わかむしゃ)にサッカーの魅力(みりょく)を聞きました。 《聞き手・鬼頭良幸(きとうよしゆき)》

いずれはフル代表で活躍を

 −−昨季は23試合に出場し、チームトップタイの5得点。今季も試合が始まりましたが、目標を教えてください。

 「チームのJ1昇格(しょうかく)が第一の目標です。このために個人(こじん)として二けたの得点を目指したい。いいプレーで終わらず、チームの勝利を決定づけるプレーを追求します」

 −−チームが4年前にJ1昇格を決めた時には、北海道全体が盛(も)り上がりましたね。

 「ぼくらが頑張(がんば)ることで、北海道に元気をあたえることができれば本当にうれしい。先日、サッカー日本代表選手が東日本大震災(だいしんさい)のチャリティーマッチを行いましたが、元気をもらった被災者(ひさいしゃ)もいたでしょう。スポーツには人を勇気付ける力があると思います。ぼくもそうした選手になりたいです」

 −−サッカーはいつから始めましたか。

 「小学3年で少年団(しょうねんだん)に入り、本格的(ほんかくてき)に始めました。当時は週5日練習していました。それでもあきたらず、練習後に友達とボールをけって遊んでいました」

 −−サッカー選手を夢(ゆめ)見る小学生は多いです。どうすれば上手になりますか。

 「小学生は技術(ぎじゅつ)がもっとも身に付き、技術の基盤(きばん)を築(きず)く時期です。この時期に、ボールにどれだけ多くさわるかが重要です」

 −−プロスポーツ選手になるのも難(むずか)しいですが、活躍(かつやく)する選手も一にぎりです。

 「一緒(いっしょ)にプレーしていた人が翌年(よくねん)に《移籍(いせき)や解雇(かいこ)などで》いなくなることもあり、本当に厳(きび)しい世界です。試合に出るためには、人よりも練習するしかありません」

 −−昨年は世界大会出場をかけ、U−19(19歳以下)アジア選手権(せんしゅけん)に日本代表として出場しました。

 「ヨルダン戦でけがをして次の韓国(かんこく)戦に出場できず、その韓国戦でチームが敗退(はいたい)しました。世界切符(きっぷ)をのがし、つらい経験(けいけん)でしたが、日の丸を背負(せお)って戦うことにはほこりを感じます。今後はロンドン五輪代表を目指し、いずれはフル代表としてプレーしたいです」

 −−日本の若手選手も相次いで海外チームに移籍しています。

 「コンサドーレには中学生のユース時代からお世話になっており、早くチームに恩(おん)返しをしたい。いずれは、子ども時代の夢だった海外でもプレーしたいです」

<略歴(りゃくれき)>
 ふるた・ひろゆき 1991年、札幌(さっぽろ)市生まれ。身長169センチ、体重62キロ。小学3年から札幌の東川下少年団(しょうねんだん)でサッカーを始める。コンサドーレ札幌のユースチームに進み、2009年に高校3年でトップチームにも帯同。同年8月のC大阪(おおさか)戦でデビューした。プロになった昨季は23試合に出場し5得点。15歳(さい)から年代別の日本代表に選出され、昨年はU−19(19歳以下)アジア選手権(せんしゅけん)にも出場した。好きな選手はアルゼンチン代表FWのリオネル・メッシ(バルセロナ)。



<通信員だより>山村留学 毎日楽しく

川口葵(かわぐちあおい)《オホーツク管内清里(きよさと)町・緑町小5年》

 わたしは、山村留学(りゅうがく)で静岡(しずおか)県からオホーツク管内清里町緑町に来ています。

 緑町小は、全校児童20人の複式(ふくしき)学級の学校です。全校児童が少ないので、すべての先生と児童が一緒(いっしょ)に給食を食べます。毎月、席替(せきが)えもあり、いろんな先生と話せるのも楽しみです。

 学校の名物は、「クマゲラ太鼓(たいこ)」という太鼓です。丸太をくりぬいて作った楽器で、木のバチでたたきます。太鼓の音色が一つ一つちがうので、おもしろいです。学校の出し物として、祭りなどでもひろうします。

 また、太鼓以外にも野菜作り、つり遠足、全校キャンプなど初めての体験が多く、楽しい学校生活を送っています。



<ニュースなるほど!>チェルノブイリ原発事故 有害な放射性物質、日本にも

 最近、ニュースによく出てくるチェルノブイリ原子力発電所の事故(じこ)は、1986年4月26日に起きました。ソ連ウクライナ共和国(今のウクライナ)で、運転していた1〜4号機のうち4号機が爆発(ばくはつ)。有害な放射性物質(ほうしゃせいぶっしつ)が広がり、日本にも飛んできました。

 事故直後に死亡(しぼう)した作業員がいたほか、汚染(おせん)がひどかった所では、後になって、のどのがんになる子どもがふえました。

 これから亡(な)くなる人もふくめた死者数について、世界保健(ほけん)機関(WHO)は多い場合、9千人とみていますが、約20万人になるという環境団体(かんきょうだんたい)もあります。

 原発から30キロまでは今も住むのは禁止(きんし)。最近、スウェーデンでつかまえたシカからも、事故の放射性物質が見つかっています。

 事故直後、放射性物質の放出を止めるため、4号機をコンクリートでおおいましたが、まだ放出するおそれがあり、さらに鉄のおおいをかぶせる計画が進んでいます。

 チェルノブイリ事故が起きるまで、原発で最悪だったのは、79年にアメリカのスリーマイルアイランド原発で燃料(ねんりょう)がとけた事故でした。

 ニュースで「福島はチェルノブイリよりひどくない」というのは、外に出た放射性物質がチェルノブイリの10分の1ぐらいとみられるからです。放出が続いたり、また爆発が起きたりすると、チェルノブイリよりひどくなるので心配です。

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