葛西紀明22年目の冬
長野 ヒーローになれなくて(2009/12/09)
五輪でのメダルに向けて練習に励む。37歳の視線は依然、鋭い
日の丸が波打ち、ラッパの音と歓声が津波のように広がった。多くの人が泣き、そして笑った。長野五輪ジャンプ団体の金メダル。大観衆のみならずテレビを通じて、日本中を感動の渦に包み込んだ。しかし、会場の片隅に、全く違う思いでその光景を見つめる男がいた。団体メンバーから外れた葛西紀明だ。
「五輪に(ピークを)合わせられない自分が悔しかった」。葛西は2カ月前に左足首をねんざし、調子はどん底だった。
アルベールビル、リレハンメルの両五輪を経験して、脂ののった25歳で迎えた3度目の大舞台。ヒーローになるはずが、結末は最悪だった。スポットライトを浴びる4人から離れ、誰からも注目されることなく、静かに会場を後にした。明と暗。悔しさをかみ殺すしかなかった。
37歳で迎えた今季。W杯を戦う選手の中で39歳の岡部孝信(雪印)に続き世界で2番目の年長となった。
「今も続けているのは、長野五輪の悔しさがあったから」。あの悔しさはまだ、晴れていない。
東海大四高1年の16歳、史上最年少で1989年の世界選手権代表に選ばれた。89〜90シーズンからW杯海外遠征メンバー入り。2度骨折した94〜95シーズン以外、毎シーズン、遠征組に選ばれてきた。V字飛行への転向、スキー板の長さ規制、ジャンプスーツのスリム化など、度重なるルール変更を克服し、葛西は常に世界の最前線で戦い続けている。
W杯通算15勝は、日本人選手最多を誇る。10度代表に選ばれた世界選手権では、個人と団体で計6個のメダルを手にした。だが、ファンの印象度は、「長野の栄光」に飾られた船木和喜(フィット)や雪印の原田雅彦コーチに比べて明らかに薄い。
葛西が獲得した五輪のメダルは、リレハンメル大会団体の銀だけ。個人のメダルは一つもない。
悲運の天才ジャンパー、葛西紀明。「今度こそ五輪で金メダルを取る」と誓う。世界デビューから22季目の冬、自らの力を信じ、まだ見ぬ扉を開くつもりだ。自身が納得できる栄光を求めて。
葛西紀明(土屋ホーム)が、前人未到の6大会連続6度目の冬季五輪出場に挑んでいる。日本のジャンプ界をけん引するエースが歩んだ苦闘と、現在を追う。(佐藤大吾)
葛西紀明22年目の冬 コンテンツ一覧
- 長野 ヒーローになれなくて (2009/12/09)
- ソルトレーク 金髪エース、ガラスの心 (2009/12/10)
- ソルトレーク後 「カミカゼ」捨てた頑固者 (2009/12/11)
- トリノ 技術の変化に惑わされ (2009/12/12)
- バンクーバーへ 「神」宿る肉体を信じて (2009/12/13)





