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3・11を越えて HOKKAIDO TOHOKU

 北海道新聞社は2011年10月3日、復興へと歩み始めた東北の「いま」と「あした」を、北海道からの視点で見つめるため、東北臨時支局(仙台市)を開設しました。新しい東北、新しい北日本の姿を、連携して模索できないか、特集や連載記事を交えて展開します。

 東北地方は、地元で愛されている名物料理「ご当地グルメ」の宝庫だ。海の幸、山の幸に恵まれている上、厳しい自然環境が限られた食材の調理を工夫、発展させる背景にもなった。北海道とつながりのある一品も少なくない。地域に根ざしたそれぞれの味の魅力や特長、歴史などについて紹介する。(生活部 北里優佳)

 秋田県田沢湖から曲がりくねった山道を進むこと約1時間半。県北部の北秋田市阿仁地区(旧阿仁町)は周囲を山に囲まれ、その間に家や商店が並ぶ。ここの名物が馬肉をしょうゆで煮込んだ「なんこ鍋」だ。

 阿仁地区では江戸時代、全国一の産出量を誇る銅山が栄えたが、1978年に閉山した。精肉店を営む傍ら、郷土資料館「伝承館」を運営する庄司昭さん(55)によると、なんこ鍋は、けい肺で働けなくなった鉱山労働者が馬肉を食べ、元気になったことから広まったという。庄司さんの店では、馬肉や内臓を国産馬の脂身を入れたスープで煮込む。肉は軟らかく、こくのある味わいだ。

 旧阿仁町は6年前に近隣3町と合併し北秋田市の一部となった。山を隔てた市中心部や秋田市に人口が集中し、高齢化が進む。「鉱山文化の味であるなんこを通じ、地域を活性化したい」。庄司さんは、県内の小売店への売り込みや全国の物産展に飛び回る日々だ。

 鉱山労働者とともに、なんこ鍋は北海道へ渡った。秋田からも多くの労働者が来た歌志内市では、今もなんこ鍋が人気だ。「なんこ鍋はただの郷土料理ではありません」。亡き祖母が阿仁出身の歌志内市郷土館「ゆめつむぎ」の佐久間淳史学芸員(49)は強調する。

 館内には、掘削用工具などとともに秋田県人会の旗など、秋田とのつながりを感じさせる史料も並ぶ。佐久間さんは、なんこ鍋に日本の近代化を支えた炭鉱マンの過酷な労働と、長屋で仲間同士支え合い、鍋を分け合った姿を思い起こす。「歌志内の炭鉱105年の歴史があって、なんこ鍋は残ったんです」。つらい労働を支え、歌志内でも古里の味となった。


 「昔話の里」として有名な岩手県遠野市。花見や子供会、祭りなど人が集まると道内と同じようにジンギスカンをやる。しかし、スーパーの精肉売り場をのぞくと、ラム肉が並ぶ横で、なぜかバケツが売られていた。「バケツのおかげもあって、遠野でジンギスカンは定着したのです」。遠野ジンギスカン発祥の店「あんべ」の3代目安部(あんべ)吉弥さん(42)はそう話す。

 遠野では、肉に下味は付けず、たれはさっぱりとした味わいで、いくらでも食べられそう。屋外では、固形燃料を入れたバケツに鍋を載せて焼くのが定番だ。遠野ジンギスカンは、安部さんの祖父が戦時中、出征した旧満州(現中国東北地方)で食べた羊料理を思い出し、まかない料理で出したのが最初。2代目の好雄さん(71)が、配達で割れてしまうしちりんの代わりにバケツを使うことを考案、手軽さが受け、定着した。

 「遠野では、家庭にはジンギスカン鍋が必ずあるんですよ」。来店していた会社員鈴木光浩さん(49)が教えてくれた。東日本大震災以降、沿岸部から近い同市は、ボランティアの前線基地だ。鈴木さんもボランティア仲間と鍋を囲んでいた。北海道とは違う独自の進化をした遠野ジンギスカンが、ボランティアのエネルギー源となっている。


 東北各県には、このほかにもご当地グルメが盛りだくさん。肉みそを麺と絡める「じゃじゃ麺」(岩手)、目玉焼きが載った「横手やきそば」(秋田)、大きな鍋で里芋と野菜を煮込む「芋煮」(山形)などが一例だ。

 日本各地では、マチおこしのために「B級グルメ」を開発する例が多いが、東北各県では古くから地元で愛されてきた料理が多い。

特集「3・11を越えて」は、今回で終了します。



隣人から見た北海道

 「農業と観光以外に何もないんですよ。大手の工場だって海外に流れてますから」「秋田は学力は全国1位なのに、働く所がないから若者が都会に出てしまう。北海道はまだいいでしょ」。東北に着任してから約3カ月間、各地を回った際に取材相手が漏らした言葉だ。

 「函館まで新幹線が延びたら、青森は素通りされる。土産物は少ないし、マチも寂れているし」。青森から函館に向かう特急に乗った時には、車内で青森県人とみられる2人連れの女性が吐き捨てるように話していた。

 たまたま青函トンネルを通った日は青森側が吹雪。それが海を越えたら、日差しが函館山をきれいに浮かび上がらせていた。天の気まぐれが北海道側を明るく映しただけの話だが、東北の少なからぬ人々は、観光も盛んで農業の大規模化も進んだ北海道を見比べ、東北を自虐的に語ることが多い。「製造業に乏しく、人口減が続く構造は同じなのに」と、言われたこちらが戸惑うばかりだ。

 ただ、これからは東日本大震災で瀬戸際に立たされた東北よりも先に北海道が「ゆでガエル」になりかねないと思う。「潜在力がある」と言われながらも道内で停滞が長年続くのは、炭鉱の閉鎖や拓銀の破綻などを経てもなお本当にぎりぎりの状況に置かれてこなかったことの裏返しなのではないか。

 本物の危機感を持つところから道が開ける。再生に向けて歩み始めた東北に学ぶべきことは山ほどあると信じている。(東北臨時支局 勝木晃之郎)


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